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10/03/2011

PC/ iPodオーディオのすすめ

 あまりパソコンを使い慣れないオーディオマニアに「これからはPCオーディオですよ」と言うと「何を馬鹿な」という反応をされるが、今の変化は上流(音源に近い方)で主に起きていて、一番下流つまりパワーアンプからスピーカー(ヘッドホン)ではまだあまり変化が起きていない。だから体験しようと思えば今のアンプやスピーカーなどの装置を活かしたまま比較的手軽にテストできるはずなのだが、それすらせずに毛嫌いする人もいる。そもそも中年以上のオーディオマニアという人たちは機械全般が好きなことが多く、自動車・カメラ・パソコンあたりに妙に詳しい人が統計的に多い気がするので、PCオーディオというだけで拒否反応のある中年オーディオマニアというのは、ある年齢から世の中の動きについていくのをやめた人なのかもしれない。(余談だがPCオーディオを毛嫌いする人は、デジカメの普及過程で最後まで光学式カメラにこだわってデジカメを拒否し続けた人たちによく似ている。好きでライカの光学式カメラを使い続けるのはいいのだが、デジカメのメリット、例えばインスタントな共有可能性に目を向けなかったのは悲しいことだ。)それはさておき、いま起きつつあるオーディオの変化は、1982年のCDプレーヤー(フィリップス・マランツブランド)の登場とその後の爆発的な普及の前後に匹敵するものだと思う。
 PCオーディオのブームは2008年にiPodからデジタルで音を取り出すことから始まったようだ。2008年よりも前にも、音楽好きから見てiPodの音には種々不満があり、その筆頭は、付属のヘッドホンだった。しかしそれは他社のヘッドホンを買えばすぐ解決する話。実は、より大きな問題として、音源としてのiPod自体には凄い潜在力があるのに、音源近くの上流に大きな障害があって、普通の使い方だとその力がフルに発揮できないのだ。iPodの記憶媒体(ハードディスクやフラッシュメモリ)から読み出されたデジタルの信号は、あの小さなiPodの中でアナログ信号に変換(convert)されヘッドホン用に増幅(amplify)される。このデジタル・アナログ変換機(D/A converter)と増幅機(amplifier)がiPodの場合非常に弱体なので、音源としてのiPodを活かすにはこの両者をバイパス(迂回)してiPodから取り出してしまう必要がある。それを可能にするのが、iPodを同期したり充電したりするときに使うドックなのだ(ある意味でiPodの設計はその可能性を予見していたのだろう)。これは「iPod用デジタルオーディオトランスポート」と呼ばれている製品で、2008年夏に米Wadia社から最初の170iが出てから、ブームが始まった。
 iPodから生のまま取り出したデジタル信号を、今度はきっちりアナログに変換するD/Aコンバータを繋ぐ。ここでアナログに変換されるから、そのあとは従来のプリメインアンプやパワーアンプにRCAケーブルで繋げば凄い音が出る。D/Aコンバータも各社から出ている(2万円台から数十万円台まである)。デジタルオーディオトランスポートとD/Aコンバータ(と場合によってはアンプまで)統合したミニコンのような製品も出てきたが、iPodのドックから取り出すときにしっかりデジタル信号のまま出しているかどうかが分かれ目だ。ドックを使っていてもアナログで取り出しているミニコンやポータブルスピーカー一体のものもあるので要注意。
 iPodの記憶媒体に入っているデジタル信号はもともとパソコンのiTunes経由で入れたもののはずだから、パソコンを音源にすることもできる。パソコンからUSBケーブルでD/Aコンバータにつなぎ、あとは同じ。
 音源になるパソコンやiPodにある音楽ファイルは、可能な限り圧縮してないもののほうがいい。具体的にはWAVかせめてアップル・ロスレス。CDからiTunesで読み込むときには、iTunesの読み込み設定を、「読み込み設定」は「WAVエンコーダ」を選択し、サンプルレート48,000kHz、サンプルサイズ16ビットにし、「エラー訂正」にチェックマークを入れる。パソコンを音楽再生時に使うなら、音楽ファイルは常にバックアップしておき、なるべく仕事など他用途に使うパソコンと別のパソコン(ないしハードディスク)にするほうが安全だ(ファイルの断片化のあおりをくわないしクラッシュの危険も減る)。既に自分の満足できるオーディオシステムやCDを持っていて、余ったパソコン(多少古くてもいい)のある人は、D/Aコンバータとケーブル類を買って繋ぎ替えるだけで始められる。
 これで聴く音楽はiPodやパソコンのヘッドホンジャックからコンポに繋いだりするのとは全然別世界だ。静寂感・音場感・音像感・音の伸びがまったく違う。音量をあげてもうるさくならない。CDプレーヤーからコンポに繋ぐ場合をも凌ぐことが少なくない(聞き比べてみて、違いがわからない場合は、装置か耳か、その両方が悪いのだろう。耳が悪い場合は、そもそも音の違いが気にならないので、別の世界にエネルギーと時間を向ければよく、それはそれで幸せなのかもしれない。味覚と同じ話である)。
 さて以上のPC/ iPodデジタルオーディオのラインナップにCDプレーヤーが全く登場しないのにお気づきだろうか。そう、CDプレーヤーは一回一回ディスクから読み取ってからアナログに変換する(そう、多くのCDプレーヤーはD/Aコンバータを内蔵している)のだが、iTunesやiPodを使う場合は最初に一回だけCDから読み込んで、あとはハードディスク(やフラッシュメモリ)からエラー補正をしながら読む。どちらの方式が良いのかは決着がついていないが、しかし高い品質のデジタル信号を毎回安定して取り出すためにかかる製品のコストを考えると、ここまでのところどうやらパソコン・iPodの方式が圧倒的に有利なようだ。
 このように、いまのところ変化はCDプレーヤーをやめてパソコンやiPodを音源にするというところと、D/Aコンバータ付近とに集中しているが、いずれこれが川下のほうにも波及することが予想される。ちょうど、CDプレーヤーが登場して、狭い空間でも手軽に良い音の取り出しができるようになり、小型でも良い音の出せるスピーカーの開発が進んだのと同じである。真空管アンプなどもまた人気を取り戻しているようだ。川上に不確定要素が多いと、真空管アンプの味わいなのか、もっと川上の音源の味わいなのか、判別できないものだが、川上の透明度が高いというのはいつでも安心材料だ。川上のほうでも例えばCDプレーヤーの逆襲のような進化もおきつつあるようだ。
 では操作性はどうか。これはアナログのLPレコード(黒いビニールディスク)よりCDが格段に楽だったように、PCオーディオの操作はCDプレーヤーよりさらに楽である。第一、CDを入れ替える手間がまったくない。音質はどうかというと、最高にチューンされたアナログのシステムは今でもCDを上回るという話はよく聞く。しかしユーザの大半が操作が楽なほう、セッティングが楽なほう、つまりCDに流れて、やがて音楽ソフトもCDでしか発売されなくなったのと同じことが起きるだろう。つまりCDの退位は、高音質な音楽ファイル(ファイルサイズは大きくなる)のダウンロードによって完成するだろう。(いまのiTunesストアはまだAACファイルどまりで、WAVファイル等でダウンロードできるわけではなく、その意味ではCD未満の音質であり中途半端であると言えると思う)。ユーザーにとって音質や操作性はそれを実現できる価格との比較でしか意味がない。同一の価格のシステムならば、(iPodやパソコンまで含めて総額50万円でも20万円でも)アナログディスクよりCD、CDよりPCオーディオのほうが音質も操作性も高く、既に勝負はついた、といって良いと思う。
 変化にともなってPCオーディオの雑誌なども数種類創刊されているが、コバンザメのような評論家がメーカーから接待されて、メーカーの意向に沿う記事を書いて、メーカーも雑誌社も消費者も幸せ、という、批評性の無さは従来の(私の知るところだけでも自動車・カメラ・クラシック音楽・オーディオ・テニス用品など日本における多様な趣味の)雑誌の悪弊を忠実に受け継いでいる。その中で、鈴木裕著『iPodではじめる快感オーディオ術』(リットーミュージック)は、一年前の発売なので製品紹介は古くなりつつあるものの、非常にわかりやすく誠実で好感が持てる。付属のDVDの音源も凄い。

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09/06/2011

「十二人の怒れる男」たちの質問力

12angry2

 East-West CenterのリーダーシッププログラムAPLPの第11期生(G11と呼ばれている)は、今週木曜に映画「12人の怒れる男」を教材にして”Influence”についてディスカッションをすると予定表にある。涼しくなってきたのでいいのだが、この映画は暑苦しい。映画のセッティングも真夏のニューヨークの裁判所の陪審員室で、冷房もないところで12人の男たちが議論しあう二時間弱である。
 この映画は、実はBLPでも教材に使うことを検討したことがあるし、、内外の多くのビジネススクールでも教材として使われている。多くの場合は主役のNo.8(陪審員番号8番の男、最後に本名がDavisだと分かる。俳優は、いつも格好良すぎるのが困りものだがまさに適役のヘンリー・フォンダ)が、1対11という圧倒的少数から始めて、議事進行方法に関する提案と議事内容の発言をいかに巧妙に組み合わせるか、とか、いかに周囲を説得していくか、というリーダーシップについての教訓を得るために教室で鑑賞されているようである。そうした視点も面白いと思うのだが、ここでは、少し違う角度からもこの映画を見てみよう(他で既に似た視点から書かれてるのをご存じのかたは是非教えてください)。
 それは、絶対的少数派が、要所要所で質問をうまく使うことで多数派を巻き込み味方につけていく過程のことである。つまり、いわば質問力から見た「12人の怒れる男」である(以下この映画を見たことのない人にはネタバレになるので注意)。

 映画が始まって、陪審員が着席し、会議が始まってからしばらくはNo.8はじっと様子をうかがっている。しかしNo.10が、被告人の少年の話は頭から信じないのに証人の中年女性の話をそのまま信じているので、

18’09”
You don’t believe the boy’s story. How come you believe the woman’s?
と最初の一撃を質問で繰り出す。No.10は激昂して「きさま頭が良いつもりかYou are a smart guy, aren’t you?」と返し、おそらくは周囲の心証を悪くする。

続いて
25’09” Could they (witnesses) be wrong?
この後、やや芝居がかったナイフプレゼンテーションのシーンがあり、No.9を味方につけたNo.8は議事進行の主導権を握り始める。

40’53”
Has anybody any idea how long it takes an elevated train going at a medium speed to pass a given point? 
という質問によって証人の証言の信憑性を話題に皆を参加させることに成功する。善良なNo.2が「10秒くらいだと思う」と食いついてくれるし、次の
Has anyone here ever lived near the L tracks?
にはno.6が「ああ、ちょうどその沿線の家の塗装を終わったばかりだ」とこの質問に乗ってくる。

逆に、捨て台詞のつもりでNo.3が発した
43’20”
Why should he lie? What’s he got to gain?(証人が偽証する動機がないだろ)
という問いに、No.9の非常に重要な”Attention, maybe.”を引き出す。

徐々にNo.3が追い詰められていき、

58’38”
Are you his executioner? この挑発的な質問に乗って”Yes”と答えたNo.3をほぼ全員が見放し始める。

No.3やNo.10と違って終始一貫冷静で論理的なNo.4 (E.G.Marshal)が最後のほうまで有罪派に残っている。被告人の少年が家を飛び出して見に行ったという映画の内容を覚えていないという取り調べ結果に関して、No.8が発する質問は、

69’32”
Do you think you could remember details after an upsetting experience such as being slapped in the face by your father?
これに乗ったno.4が、自信のあるはずの記憶の危うさを自ら証明してしまう。

さらに、自由に質問できる立場になったNo.9が
84’15”
Aren’t you feeling well?
I was wondering why you rub your nose like that?
という質問をきっかけに、近視のNo.4の鼻の両脇についているメガネの跡や、目の間を揉むしぐさから、証人の一人で線路の向こう側から殺人を目撃したという女性が、実は強度の近視であることを証明してしまう。

対照的に、no.3,10らの質問は、形としては質問になっているときにも、返答を期待していない。例えば、What about the knife? と問いかけているのにすぐ自分の意見をかぶせてしまって対話にもっていくつもりがないし、何度も繰り返されるWhat the matter with you, guys?やHow do you like it?は返答を期待していない。あるいは43’20”のWhy should he lie? What’s he got to gain?のように返答を期待していなかったのに逆に相手方に強力な手がかりを与えてしまう。

このように、No.8/9の質問力にはNo.3/10と格段の差があり、少数派である間には多数派と対話に持ち込むためのツールとして、勢力伯仲してきたときには勝負する議論に引き込むツールとして、多数派になったときには駄目押しの一撃として効果的に質問を使用しているのである。これは実際に起きたできごとではないし、仮に起きたことであるとしても一回であるので、脚本にこう書かれてそれが映画化されているから質問の有用性を即証明するというのではないのだが、五十年以上前に書かれた脚本が繰り返し映画化され、それぞれが人々に愛好されているのは、一つにはNo.8/9とNo.3/10らのこうした話法の違いを含めて実際にありそうなこととして人々に認識されていることの現れではないか。

(下は写真はワイキキ西方の空。最近はこんな雲も見られるようになり涼しくなってきました)

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12/03/2006

Tolga Emilio Trio

ボローニャの広場で演奏中のところを偶然見かけたのが、このギタートリオ"Tolga Emilio Trio"です。

Tolgaemilio1


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06/09/2006

模様替え

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大学の研究室の模様替えをしたので、ここも少々変えました。バナーに使った写真(追記:その後2006年9月にまた変えたので上に再録しました)は、研究室の机の前に立って撮ったものです。左側は窓なのですが、狭い中庭をはさんで向かい側が教室棟の廊下で、行き交う人と目が合うくらい近いのでブラインドを全開しておく気にもなれず、殺風景でした。

去年9月にニューヨークに出張したときに、ホテルの部屋にかけてあったモネMonetの絵がすごく好きになったため、翌日メトロポリタン美術館に行って同じ絵のポスターを買い、筒に入れて日本に持ち帰りました。それがこの絵です。(このとき一緒にゴッホの「夜のカフェテラス」も買ってきて、一緒に飾ってあるのですが、偶然、最近吉永小百合の出るテレビ広告に使われていますね)

壁に絵をかけるだけで空気がまったく変わったのには驚きました。今まで美術には全然興味がなくて、パリにいったときルーブルやオルセーには目もくれませんでしたし、フィレンツェでもウフィッツィ美術館もほとんど素通りしていたのですが、これからは楽しみがまた一つ増えました。

(ニューヨークについては、よろしければこちらも読んでください。また、米国・英国・ドイツ・イタリア・オーストラリア・ベトナム・上海については海外旅行・出張記もどうぞ)

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09/11/2005

NYCooking

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米国に来て6日目。外食に飽きてきたので、ニューヨークに来た機会に自炊しました。予めkitchenette(簡易キッチン)付きのホテルを予約していたんです。実はここは80年代にニューヨークに居たときに数ヶ月住んでいたところで、当時は今よりはるかに安くて簡素なapartment hotelでした。いまは改装されて、結構おしゃれになっています。壁にかかっているのはMonetの絵ですが、かなり気にいってしまいました。こっちで買っていくかどうか、いま迷っています。

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09/08/2005

夢真のTOB
金融メルマガ第42号(8月11日配信)

以下のメルマガ本文中には新聞の記事データベースへのlinkがあります。しかし、新聞の発行日からある程度日数が経過すると新聞記事自体がサーバから削除される(日経の場合約3ヶ月)ため、link切れになると予想されます。予めご承知ください。

このメルマガは現在も日本評論社から毎月配信されており、このblogには約一ヶ月遅れで再録されます。

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08/02/2005

音楽配信

iPod.jpg

アップルは今月にも日本で音楽配信を始めると報道されているので、楽しみにしています。iPod Miniが値下げになったのを機に購入して毎日通勤時(特に帰り)に使っているのですが、音楽配信なんか始まったら4GBでは足りませんね・・・

東大GBRCの第一回コンテンツ産業研究会で、UFJ総研の太下義之さんの「音楽コンテンツ産業の近未来〜iTunes Music Storeの次のビジネスモデル」というお話を聞いてきました。

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01/25/2005

吹奏楽の将来

wind1.jpg

全国の中学や高校で吹奏楽はかなり盛んな部活動であるようだ。新聞社と吹奏楽連盟の主催で、毎年春から秋までかけて地区大会・県大会・西関東大会・全国大会、と高校野球のような長期戦の勝ち抜きコンクールが行われる。特に私の住んでいる埼玉県は全国でも最も吹奏楽の盛んな地区の一つらしい。

最後は「吹奏楽の甲子園」とも言われる東京・普門館での全国大会である。全国大会はもちろん、例えば一つ手前の西関東大会(埼玉・群馬・新潟・山梨の各県大会から選抜)であっても、そこに進出してくるバンドの上手さはまさに驚異的で、音楽的にもうならされるような演奏が数多い。指導者の指導力・音楽性は厳しく試されるし、子供たちもかなり厳しい練習を積んでいて、ある程度の成績をおさめたときの達成感や興奮、従って親や学校の熱心さはスポーツ系の部活動に優るとも劣らないようだ。30人とか、50人での団体競技というのもスポーツ系にない魅力である。

ところが世間一般においては吹奏楽は正しく認識されていないこともこれまた多い。最も多いのは「それ、ブラスバンドでしょ?」という誤解である。どっこい吹奏楽には木管もパーカッションもある。ブラスバンドでは見ないがクラシックの管弦楽には必須のファゴット(バスーン)や弦バス(コントラバス)も吹奏楽にはある。実は曲目もクラシック系が主流である。言い換えると、クラシックのオーケストラのバイオリンをクラリネットに変え、ビオラやチェロを種々の木管・金管に変えてクラシックの曲目を演奏するのである。全日本吹奏楽連盟のコンクールではAバンド部門は上限50人だそうで、50人近いバンドではクラリネットまたはフルートがかなりの数になるのが普通である。従って自ずと曲目もブラスバンドとは異なってくる。

オーケストラでもないしブラスバンドでもない、というなかなか理解されにくい編成で、しかし独自の世界を展開しているのだが、どうなのだろう、中学生にはバイオリンを弾かせるのは無理なのだろうか。吹奏楽にあっては弦楽器はベース(バス)しかないが、曲目によってバイオリン・ヴィオラ・チェロのないのが大変寂しく思えることが少なくない。また、弦セクションがありさえすれば演奏できるだろうにというクラシックの名曲も多い。原曲が管弦楽であるものを弦なしで済ませるように編曲がいつも待望されていて、いい編曲が出版・発表されたときには一気にその曲がコンクールで流行るような現象もあるようだが、しかし編曲で対応するのにも自ずと限界がある。

もうそろそろ吹奏楽に代えて管弦楽の普及をはかっていいのではないか。比喩が悪くて恐縮だが、吹奏楽は軟式テニスの運命を歩むような気がしてならない。ボールやラケット(ガット)が高価で入手できない時代に独自の道具でいわば代用テニスを開発し、それなりの世界を築いてきたのだが、海外との試合の機会が極端に限定され、内向きの国内種目になってしまい競技人口も増えないまま衰退の道を辿っているようだ。軟式から硬式に転向するプレーヤーも少なくない。軟式出身者には厚いフォアハンドのグリップに慣れているという長所があって、これを活かせると硬式のラケットに持ちかえても強力な武器になる。同様に、吹奏楽経験者にはクラシック音楽演奏と多人数での合奏の貴重な経験があって、管弦楽にはこれはそのまま活きるだろう。

中学や高校のバンドには、吹奏楽で培ったハーモニーを、さらに表現力の多彩な管弦楽の世界で発揮させてあげられないかと思う。中学・高校で管弦楽部を作るところが増えてくれないものか。弦の上達が難しいため、管弦楽に移行すると吹奏楽に比べてコンクールでの演奏の完成度が落ちるようなことがあるかもしれないが、それでも長い目でみれば日本のクラシック音楽の底辺を広げ、水準を上げるのに大いに貢献するのではないか。

中学・高校でバイオリンを弾く機会があれば、多くの卒業生がアマチュアや大学の管弦楽団へ自然な形で移ってくれるだろう。中学・高校の吹奏楽を管弦楽に転換することによって、バイオリンは音大に行くようなごくごく一部の特殊な人だけが弾くものだという今の状況が変わり、十年で日本のクラシック音楽界が様変わりするかもしれない。

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01/19/2005

Londonにて・番外篇

2004年春に欧州に仕事で行った時のメモがまた出てきたので、ここに載せておきます。
まず英国篇。Londonです。

●Laundry/Fish and chips

日曜に宿近くのコインランドリーへ。(今回の出張は三週間以上なので洗濯は必須。ワイシャツやスーツはクリーニングに出しますが、他のものはいつも自分でランドリーで洗うことにしてます。そのほうが地元民たちwatchingにはいいし。)

近くのB&Bに泊まっているらしい若い人たちと、常連らしい地元の独身男ふうと、それに洗濯機を買えないor壊れても直す金がないのじゃないかと思われる人たちがやってきて使っています。

洗いあがるまでの待ち時間に、近くで見つけておいたFish and chipsへ。店員は中東系。油は古くないし、注文を受けてから揚げてくれたのでベストの味のはず。前回・前々回の訪英のときにも食べて、今までの中では一番美味いけれど、それでもまあ、たかだかタラの衣揚げ。別段感動はしませんでした(あたりまえか)。英国人の中高年は多分子供の頃食べたので懐かしく感じる食べ物なのかも。

●Speaker's corner, Hyde Park

洗濯が終わってから、ちょっと歩いてハイドパークのSpeaker's Corner。神は存在しないのだという論争的な演説をしている人がいました。演題が演題だけに右翼みたいな怖い兄ちゃんがSpeakerのすぐそばで腕組みして睨みつけたりしてなかなか緊迫した雰囲気でしたが、聴衆の一人のアメリカ人の突っ込みが傑作なので聴衆が笑い出してしまい、Mr. Speakerは完全に調子を狂わしてしまう。腕組みして威嚇する右翼兄ちゃんたちと違って、このアメリカ人は威圧的な感じはまったくないけれど、聴衆を先に味方につけてしまうと勝ちだということを知り抜いています。混ぜ返しの常連かなとも見受けられました。

●Martha Argerich, Royal Festival Hall

演奏会に行ってきました。彼女は今では日本にも毎年のように来て(大分の湯布院などで)若手を指導する大家になってしまったけど、昔は新進気鋭の若手天才女流ピアニストで美人。情熱的かつ繊細な演奏で絶大な人気でした。若い頃はよく演奏会をドタキャンするので有名で、僕もたしか18年前にNew Yorkでドタキャンされてしまいました。それから数えるとNew Yorkの無念をLondonで晴らそうという、18年めのreturn matchです。

曲目はProkofievのPiano concerto No.3。18年待った甲斐?があったと言いたいほど、素晴らしい演奏でした(細かいこと言えば最初の頃オーケストラがうるさすぎだったけど、やがて調節されてきました)。聴衆も興奮状態で6回もコールがありました(カーテンは降りないのでカーテンコールとは言わないでしょうね)。

演奏も素晴らしかったけれど、同じくらい楽しめたのは、聴衆がクラシック音楽を聞く習慣を持っていてほんとに楽しみに来ている感じがよく分かること。アメリカでも同じなんだけども、ここでも、両脇に座った人たちとすぐ音楽についておしゃべりの輪ができちゃうんです。このピアニストはデュトワという指揮者と結婚して、でも結局分かれたんですよ、知ってます?とかいうコンサート雀ふうの話から、こんな素晴らしい演奏のあとにもう一曲って、どうなんでしょ、いらないわよね?という感想とか。僕の右隣は老夫婦で、最高の話相手でした。これはたまたま運が良かったんじゃなくて、いままでアメリカ・オーストラリアを含めて英語圏で10回以上一人でコンサートに行っているけど、一人でも必ず話に進んで乗ってくれる人が居て、寂しかったということがないです。

もちろん、コンサートが終わるまで名前も言うわけでもなく、軽く挨拶してそのまま分かれるんです。つかのまのおつきあいだけど音楽好きという点では同じということがお互いに分かっているんだから楽しみをshareしましょうよ、という暗黙の了解があるんでしょうね。

英語圏でそういう経験をするには英語がある程度できる必要がありますが、言いたいのはそのことじゃなくて、日本語圏つまり日本で、そういう適度な距離感のある、しかしタイミング次第でお互いの楽しみになるようなつきあいがなかなかできないなぁということです。それとも、ひょっとして若い人たちはそういう付き合い方ができているんでしょうか?(それこそチャットとメル友です、という答えは却下ですよ)(2004年3月)

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10/24/2004

Joao Gilberto

昨年「最初で、もしかしたら最後の?来日公演」と言われていたボサノバの文字通りの本家ジョアン・ジルベルトのソロコンサート。去年行きそこなったので、もしまた来日したら絶対行こうと決めていました。

9,000円も出した割には遠くてよく見えない席ではありました。若い頃はドタキャンや遅刻常習だったとも聞きますが、この日は会場の構造が分かりにくいせいかお客さんの着席が遅れがちで、むしろジルベルトの方が待った感じ。さすがに高齢で歩くのはゆっくりゆっくり。

しかし最初にいきなり(といいたいくらい好きな曲)「Eu Sambo Mesmo ( I really samba.)」(写真にあるアルバム「Joao」でも一曲目に入っています)これでもうすっかりボサノバ気分になってしまいました。その後はギター一本と声だけでたっぷりCD3枚分くらいソロ。声はさすがに若い頃とは違いますが、もともとボソボソっとした歌い方の中に艶があるという風なので、さほど衰えを感じさせません(これはCDでいうと上記「Joao」や「ジョアン 声とギター」でも同様ですね)

途中、スローな曲の中に大好きな「Eclipse」もあり、デビューシングル「Chega De Saudade」やセカンドシングル「Desafinado」は後の方、最後の最後は「イパネマの娘」。入場料高すぎ、席が分かりにくい、会場案内しているスタッフにおよそ音楽と関係なさそうな人たちが大勢いていろいろ売ろうとがなり立てていて興ざめ、等文句もありますが、PAの音はまずまず(あれはALTECですかね)。何より、楽しめる演奏でした。廃盤になっているCDベスト盤「ジョアン・ジルベルトの伝説」を再プレス許可するか、まだお元気なら再録音してほしいものです(10月10日東京フォーラム)

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