47 posts categorized "06. 技術・経済・社会"

10/03/2011

PC/ iPodオーディオのすすめ

 あまりパソコンを使い慣れないオーディオマニアに「これからはPCオーディオですよ」と言うと「何を馬鹿な」という反応をされるが、今の変化は上流(音源に近い方)で主に起きていて、一番下流つまりパワーアンプからスピーカー(ヘッドホン)ではまだあまり変化が起きていない。だから体験しようと思えば今のアンプやスピーカーなどの装置を活かしたまま比較的手軽にテストできるはずなのだが、それすらせずに毛嫌いする人もいる。そもそも中年以上のオーディオマニアという人たちは機械全般が好きなことが多く、自動車・カメラ・パソコンあたりに妙に詳しい人が統計的に多い気がするので、PCオーディオというだけで拒否反応のある中年オーディオマニアというのは、ある年齢から世の中の動きについていくのをやめた人なのかもしれない。(余談だがPCオーディオを毛嫌いする人は、デジカメの普及過程で最後まで光学式カメラにこだわってデジカメを拒否し続けた人たちによく似ている。好きでライカの光学式カメラを使い続けるのはいいのだが、デジカメのメリット、例えばインスタントな共有可能性に目を向けなかったのは悲しいことだ。)それはさておき、いま起きつつあるオーディオの変化は、1982年のCDプレーヤー(フィリップス・マランツブランド)の登場とその後の爆発的な普及の前後に匹敵するものだと思う。
 PCオーディオのブームは2008年にiPodからデジタルで音を取り出すことから始まったようだ。2008年よりも前にも、音楽好きから見てiPodの音には種々不満があり、その筆頭は、付属のヘッドホンだった。しかしそれは他社のヘッドホンを買えばすぐ解決する話。実は、より大きな問題として、音源としてのiPod自体には凄い潜在力があるのに、音源近くの上流に大きな障害があって、普通の使い方だとその力がフルに発揮できないのだ。iPodの記憶媒体(ハードディスクやフラッシュメモリ)から読み出されたデジタルの信号は、あの小さなiPodの中でアナログ信号に変換(convert)されヘッドホン用に増幅(amplify)される。このデジタル・アナログ変換機(D/A converter)と増幅機(amplifier)がiPodの場合非常に弱体なので、音源としてのiPodを活かすにはこの両者をバイパス(迂回)してiPodから取り出してしまう必要がある。それを可能にするのが、iPodを同期したり充電したりするときに使うドックなのだ(ある意味でiPodの設計はその可能性を予見していたのだろう)。これは「iPod用デジタルオーディオトランスポート」と呼ばれている製品で、2008年夏に米Wadia社から最初の170iが出てから、ブームが始まった。
 iPodから生のまま取り出したデジタル信号を、今度はきっちりアナログに変換するD/Aコンバータを繋ぐ。ここでアナログに変換されるから、そのあとは従来のプリメインアンプやパワーアンプにRCAケーブルで繋げば凄い音が出る。D/Aコンバータも各社から出ている(2万円台から数十万円台まである)。デジタルオーディオトランスポートとD/Aコンバータ(と場合によってはアンプまで)統合したミニコンのような製品も出てきたが、iPodのドックから取り出すときにしっかりデジタル信号のまま出しているかどうかが分かれ目だ。ドックを使っていてもアナログで取り出しているミニコンやポータブルスピーカー一体のものもあるので要注意。
 iPodの記憶媒体に入っているデジタル信号はもともとパソコンのiTunes経由で入れたもののはずだから、パソコンを音源にすることもできる。パソコンからUSBケーブルでD/Aコンバータにつなぎ、あとは同じ。
 音源になるパソコンやiPodにある音楽ファイルは、可能な限り圧縮してないもののほうがいい。具体的にはWAVかせめてアップル・ロスレス。CDからiTunesで読み込むときには、iTunesの読み込み設定を、「読み込み設定」は「WAVエンコーダ」を選択し、サンプルレート48,000kHz、サンプルサイズ16ビットにし、「エラー訂正」にチェックマークを入れる。パソコンを音楽再生時に使うなら、音楽ファイルは常にバックアップしておき、なるべく仕事など他用途に使うパソコンと別のパソコン(ないしハードディスク)にするほうが安全だ(ファイルの断片化のあおりをくわないしクラッシュの危険も減る)。既に自分の満足できるオーディオシステムやCDを持っていて、余ったパソコン(多少古くてもいい)のある人は、D/Aコンバータとケーブル類を買って繋ぎ替えるだけで始められる。
 これで聴く音楽はiPodやパソコンのヘッドホンジャックからコンポに繋いだりするのとは全然別世界だ。静寂感・音場感・音像感・音の伸びがまったく違う。音量をあげてもうるさくならない。CDプレーヤーからコンポに繋ぐ場合をも凌ぐことが少なくない(聞き比べてみて、違いがわからない場合は、装置か耳か、その両方が悪いのだろう。耳が悪い場合は、そもそも音の違いが気にならないので、別の世界にエネルギーと時間を向ければよく、それはそれで幸せなのかもしれない。味覚と同じ話である)。
 さて以上のPC/ iPodデジタルオーディオのラインナップにCDプレーヤーが全く登場しないのにお気づきだろうか。そう、CDプレーヤーは一回一回ディスクから読み取ってからアナログに変換する(そう、多くのCDプレーヤーはD/Aコンバータを内蔵している)のだが、iTunesやiPodを使う場合は最初に一回だけCDから読み込んで、あとはハードディスク(やフラッシュメモリ)からエラー補正をしながら読む。どちらの方式が良いのかは決着がついていないが、しかし高い品質のデジタル信号を毎回安定して取り出すためにかかる製品のコストを考えると、ここまでのところどうやらパソコン・iPodの方式が圧倒的に有利なようだ。
 このように、いまのところ変化はCDプレーヤーをやめてパソコンやiPodを音源にするというところと、D/Aコンバータ付近とに集中しているが、いずれこれが川下のほうにも波及することが予想される。ちょうど、CDプレーヤーが登場して、狭い空間でも手軽に良い音の取り出しができるようになり、小型でも良い音の出せるスピーカーの開発が進んだのと同じである。真空管アンプなどもまた人気を取り戻しているようだ。川上に不確定要素が多いと、真空管アンプの味わいなのか、もっと川上の音源の味わいなのか、判別できないものだが、川上の透明度が高いというのはいつでも安心材料だ。川上のほうでも例えばCDプレーヤーの逆襲のような進化もおきつつあるようだ。
 では操作性はどうか。これはアナログのLPレコード(黒いビニールディスク)よりCDが格段に楽だったように、PCオーディオの操作はCDプレーヤーよりさらに楽である。第一、CDを入れ替える手間がまったくない。音質はどうかというと、最高にチューンされたアナログのシステムは今でもCDを上回るという話はよく聞く。しかしユーザの大半が操作が楽なほう、セッティングが楽なほう、つまりCDに流れて、やがて音楽ソフトもCDでしか発売されなくなったのと同じことが起きるだろう。つまりCDの退位は、高音質な音楽ファイル(ファイルサイズは大きくなる)のダウンロードによって完成するだろう。(いまのiTunesストアはまだAACファイルどまりで、WAVファイル等でダウンロードできるわけではなく、その意味ではCD未満の音質であり中途半端であると言えると思う)。ユーザーにとって音質や操作性はそれを実現できる価格との比較でしか意味がない。同一の価格のシステムならば、(iPodやパソコンまで含めて総額50万円でも20万円でも)アナログディスクよりCD、CDよりPCオーディオのほうが音質も操作性も高く、既に勝負はついた、といって良いと思う。
 変化にともなってPCオーディオの雑誌なども数種類創刊されているが、コバンザメのような評論家がメーカーから接待されて、メーカーの意向に沿う記事を書いて、メーカーも雑誌社も消費者も幸せ、という、批評性の無さは従来の(私の知るところだけでも自動車・カメラ・クラシック音楽・オーディオ・テニス用品など日本における多様な趣味の)雑誌の悪弊を忠実に受け継いでいる。その中で、鈴木裕著『iPodではじめる快感オーディオ術』(リットーミュージック)は、一年前の発売なので製品紹介は古くなりつつあるものの、非常にわかりやすく誠実で好感が持てる。付属のDVDの音源も凄い。

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08/29/2011

働く人の学習と、学生の学習

 中原淳@nakaharajunさんが数冊の著書に書かれているように、学問の道に進まない人でも「学校を卒業したら勉強が終わり」なはずがない。(そもそも社会人という言葉が「もう勉強しない」という含みを持っているのがおかしくて)人はいろいろな形で一生学び続けるはずである。そこで中原さんは企業における(あるいは働く人の)学習の支援をどのように設計したらいいかを議論していくのだが、そこに登場する考え方、例えば「組織学習」「導管メタファーとナレッジマネジメントの限界」「対話による知識共有」「正統的周辺参加」「学習棄却(学びほぐし)」などは非常に魅力的で、むしろこれらは全部、若い人が大学生のうちから経験しておいたほうがいいことばかりではないかと思う。
 若いうちに大学で組織学習・対話による知識共有・正統的周辺参加・学習棄却を経験しておけば、在学中の学問にも(大学教員だってこれらを院生の頃には経験しているはずなのだ)、さらに働くようになってからも(中原さんの言うように)非常に役に立つのではないか。また、組織内でこれらを言い出して実行し繰り返すにはかなり強力で粘り強いリーダーシップが必要であろう。ここでまた例によってリーダーシップの出番なのだが(笑)、現代の企業や社会に必要なリーダーシップは、自ら戦略立案もロジスティクスもこなしてしまうタイプばかりではなくて(そういう人が充分な数居ればいいけれどそうはいかないし環境変化が激しすぎるので一人で何でもこなせない)、自ら日々学習し変容し、組織の学習を促進し、組織内外の他人の考えを(自分の考えでもいいのだが)リツイートするリーダーシップ(高橋俊之さんの命名)なのではないかと思う。また、「対話から学習する」場合、対話の相手には国籍や文化の違う隣人が当然含まれる。
 そういう意味で、大学生を対象としたリーダーシップ開発支援はこれから、就活対策や就業力増進でとどまるのではなくて、在学中も卒業後も一貫し継続して学び続ける、リフレクティブ・リーダーの育成を目指したいと考える。

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06/08/2011

iOS, Lion, そしてジョブズ氏の病

 昨日WWDC2011の基調講演でMacの新OS”Lion”やiOS5.0が発表された。“Lion”についてはこちら、iOSやクラウド戦略についてはこちらを見ていただくといいと思う。
 基調講演はジョブズ氏の独壇場ではなく、これまで以上に部下に委任されていたようだ。ジョブズ氏も中心的な部分をプレゼンしていて、2011年1月からの「療養」中も重要な戦略的意思決定にはジョブズ氏はこれまで通り参加する、と言っていたのが本当であることを分かりやすい形で示したとも言えるだろう。アップルの株主にとっても安心できる材料だったかもしれない。プレゼンは部下と分担したものの、基調講演で触れられたiOSや”Lion”の設計の基本方針策定にジョブズ氏が関与していたことはほぼ疑いようがない。これは本当に「療養」なのだろうか? むしろ他社の多くのCEOのように、重要なことにだけ関与する、という本来の姿なのではなかろうか。そうだとすれば、「療養」というのは、癌治療であるとともに、ジョブズ氏が、権限を委譲し普通のCEOの職務分担に自己調整していく過程、(昔から言われていたように)細かいことに口を出しすぎるマイクロマネジ病を治療する過程でもあるのではなかろうか。1988年以来のMacフリークの私としては、ジョブズ氏が両方の病から快復することを祈っている。

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03/06/2011

メディアセンターでの2年

 2009-2010年度の二年間は立教大学メディセンター長も兼任していて、学内の教育・研究に関するICTインフラの運営に関わっていました。現場にはさすが猛烈に技術に詳しい人や面白い人も多く、楽しく仕事をさせてもらいました。春の送別会・歓迎会に忘年会、さらに夏には河原でバーベキューがあり、二年連続で河原で鉄鍋料理も。このセンターが年次報告を出すというので、ちょっと改まって巻頭言として書いてみたのが下記の原稿。また変わるかもしれないけど。
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 この報告書は本来であれば毎年発行されることになっているそうであるが、諸般の事情で昨年度は発行に至らなかったため、今回の報告のカバーすべき期間はちょうど私のメディアセンター長在任期間の二年間にちょうど重なることになった。あっという間の二年間であったが、その間にメディアセンターの業務に関連して感じたことをいくつか述べて巻頭言の代わりとしたい。

 1) WiFi(学内無線LAN)
 今年度から池袋キャンパスでWiFiがほぼ全域で本格的に使えるようになり、来年度には新座キャンパスでもサービスが開始される。これは教育上とても大きな意味を持っている。というのは、従来から立教大学では、大学側が用意するパソコン1台あたりの学生数が多く、学生がキャンパス内で充分にICTを活用できていないことが課題であった。ところが、軽量化・低価格化したノートパソコンとスマートフォンの劇的な普及、さらに学内WiFiの整備によって、パソコン教室に行って机上のパソコンを使うよりも、個人所有のパソコン・スマートフォン・タブレット端末を大学に持ち込んだり、大学からノートパソコンを借り出して学内WiFiでネットに繋ぐことの方が便利になった。私は、学内WiFiの整備によって、「大学の用意するデスクトップ端末の台数÷学生の人数」という数字の重要性は少なくとも相対化し、教育上のICTインフラ整備の課題の重点はむしろ例えば、学生同士が集まって議論しながらネットも使い、共同学習できるようなスペース(アクティブ・ラーニング・スペースと呼ばれることもある)の拡充へと移動したと考えている。WiFiのおかげで、そうしたスペースにいちいち有線のアクセスポートを作らなくてもよくなったことは有利な条件であろう。
 もちろん、そうした便益を享受するためには多くのモバイルアクセス端末が必要で、大学としては当面貸し出し用ノートパソコンを拡充していくことは必要であろう。ただ、iPadのようなタブレット型端末の価格が下がり続けているので、用途によってはこの貸し出しサービスはいずれ要らなくなる可能性はある。

 2) リテラシーと倫理
 キャンパスでも常時インターネットにアクセスできるとなると、今後ますます重要になると思われるのは、学生や教職員が、インターネット上でトラブルに巻き込まれたり、トラブルを引き起こしてしまわないようにエチケットや護身術を共有することである。この点は教職員よりもデジタルネイティブの学生の一部のほうがおそらく感度が高い面もありそうでもあり、逆に学生は(在来の)社会規範や法律については学び始めたばかりの立場にある。その意味では教員が教室で一方的に教壇から教え込むような情報倫理教育では不十分で、学生と教職員がともに学び合うようなプログラム設計が望まれる。すなわちアクティブラーニング(学習者中心の教育)である。うまく設計・運用すれば、このプログラムによって学びが活性化して、大学が享受するメリットは小さくないと思われる。

 3) インフラと「ソリューション」
 WiFiの話に戻るが、そもそも立教大学では、WiFiはどうして大学のインフラストラクチャーとして整備されるに至ったのだろうか。それはいつでもどこでもインターネットに接続できることの重要性、特に「ネットで検索」することの重要性・利便性が、教育面でも認知されてきたからというのが一番大きいだろう。その意味ではグーグルなどの検索サービスのインパクトの大きさはいくら強調しても強調されすぎることはない。インターネットに接続することの目的が、eメールのやりとりだけだったり、あるいは趣味や楽しみのためのウェブサーフィンだけだったならば、巨費を投じてキャンパスにWiFi網を整備する理由にはならない。「いつでもどこでもネットに繋げることが教育的に望ましいのだが、現状はそうなっていない」という問題への現代的な「ソリューション」が無線LAN接続ポイントをインフラとしてキャンパス全域に設置することなのである。
 これに比べると、「教育でのICT活用促進」のために採用が検討されてきた「ソリューション」群は、そもそもどういう問題を解くためのものかが忘れられがちである。例えば「クリッカー」と呼ばれる、授業内でリアルタイムでアンケートをとるシステムがある。これは何の「ソリューション」であるかというと、大人数の授業をインタラクティブに行ないたいが、うまくできないという問題への一つのソリューションである。ソリューションが提示されて、それが個々の教員に実際に採用するかどうかを個々の教員に任せるのであれば、採否は各教員の計算する費用対効果によって決まる。もともとインタラクティブに授業を行っていた教員にとっては、アンケートを口頭での問いかけから文字に落としこむだけであるから費用はまあまあ低いと言えるだろう。しかしインタラクティブに授業を行なっていない、あるいは行う必要を感じていない教員にとっては費用は極めて大きいし、さらにはまた、そんなシステムを使わなくても口頭で充分にインタラクティブに行えていると考える教員にとっても費用対効果は良好ではない。
 つまり、インタラクティブに授業を行ないたいがうまく行ってないという「問題」を共有できて初めてクリッカーが「ソリューション」になるのである。ところが、最初にクリッカーがあって、「さてこれをどういうふうに使えますかね」と相談して、「では使ってくれる先生を探そう」ということでは、既にインタラクティブに授業を何かの形で行っていて、しかもガジェット好きであるという極めて少数の教員しか見つからず、しかもそこで成果が上がったからといってその成果が共有されたり、まして顕彰されたりということが無ければ、他の教員への波及効果も限定的にならざるを得ない。つまり、「授業をインタラクティブに行おう」というミッションが教員間で共有され、「現状では、大人数の教室では障害がある」という問題があり、それを解くソリューションの一つとしてクリッカーが用意される、という順序でなければならないはずである。その意味では「教育でのICT活用促進のため」という最初の設定が既に転倒しているとも言える。ほとんど全く同じことがLMS(Blackboardのような学習支援システム)、eラーニング、eポートフォリオそれぞれについてもあてはまるのではないか。
 何が問題であるかを共有しないうちに「ソリューション」を提示するという傾向は、企業や大学に対してICT機器やソフトウェアを販売しようとする企業の戦術に影響されたものかもしれないが、しかしその売り方はソリューション営業やコンサルタントとしても間違っているのではないかと思う。

4) 他大学との協力
 慶應義塾大学、法政大学、明治大学、立教大学、早稲田大学のICT担当部局で構成して情報を交換しあう「大学情報サミット」では、他大学のかかえるICTインフラ運営上の問題をお互いに共有して、励まされたり、学んだり、とても収穫が多かった。その後、別の機会に国立大学を含めた十数校のCIOが集う会合にも出席する機会を得て、そこでも非常に有益なお話をうかがうことができた。特に、独立法人化した後の国公立大学のICTインフラ整備と運用の様子は、費用分担やメンテナンス分担のしかたからして、とても異なっているように思えた。こうした場に出席することで自校の課題や強みを知ることができるし、相談相手も見つけることができる。ICT活用は上にも述べたようにミッションではなくてソリューションに過ぎないにもかかわらず、革新が早く、採用するとなると投入するリソースの規模が大きく、またセキュリティの問題もふくんでいるので、高次の大学経営の視点からの密接な関与とコントロールが重要と思われる。

以上

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11/06/2008

イタリア版イーモバイル

ローマではinternet keyというのを借りて無線でネットに繋いでいました。日本のイーモバイルのものとよく似ていて、メーカーも同じHuawei Mobileのようでした。プロバイダはボーダフォンで、ソフトウェアがなかったのでボーダフォンの店に行ってダウンロードさせてもらったりしましたが、電波が弱いのか基地局が少ないのか、都心なのに窓際でやっと繋がるという具合でした。Wi-Fiについても、アパートの管理人のパウロはイタリアでは規制が強いので全然普及していないんだと言っていました。本当だとするとローマの無線系?ネット事情ってあまり良くないのでしょうか。 

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10/25/2008

Android

G-1は日本のユーザの耐えられる品質ではないという声もあるようです。(枕詞に「iPhoneと同様だが」というのまで着いてきます)。海外製は作りがおおざっぱだというのと、日本のユーザはうるさいということでしょう。DoCoMoから出るというAndroid搭載機もそうなんでしょうか。とか妄想していると、昨日か一昨日から、Gmailの携帯の画面が変わって、また少し見やすく使いやすくなりました。いま使っているのはもう二年も前のau機でバッテリもへたっており、時々原因不明のシャットダウンがあったりするのですが、その遅い描画画面でもGmailはほとんどストレスなく見られるようになりました。他方、カレンダーはまだまだ見づらい気がします。Googleモバイルサービスで正式にサポートされているのは、検索、マップ、乗り換え案内、Gmail、iGoogle、ニュース、写真、いまはこの7つだけのようです。外出先でパソコンが無いときに何が必要かというと私の場合(メールと同等か、それ以上に)カレンダーなので、Googleモバイルサービスか、それともAndroid携帯か、どちらでもいいので使いやすいカレンダーがほしいところです。

 でもGoogleが事故でシャットダウンしたらどうなるんでしょう?(いまでも極端に遅くなることが時々ありますね) メールもカレンダーも使えなくなり、そのローカルなバックアップが無ければお手上げです。やっぱりハードディスクに定期的にバックアップしておかないと危険ではないでしょうか。Google自身がその危険を公式に認知して、ユーザのローカルディスクに自動バックアップしてくれるようなサービスを付けてくれると、Googleへの信頼はますます高まるだろうと思うのですが。

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10/16/2008

G1Phone

グーグルがついに携帯電話を発表しましたね。とっても注目しています。

何よりも魅力的なのはGmailやグーグルカレンダーとの当然ながらスムーズな連携です。おまけにスライド式のQWERTYキーボードも付いてます。iPhoneと違って音楽プレーヤーは付いてないし、iPhoneほどかっこよくないです。しかし私は日頃の仕事ではGmailとgooglegroupsとGoogle CalendarとGoogle docsを使いまくっていますから、この携帯は便利にちがいない。そもそもMac歴20年のワタクシがどうしてiPhoneを買わずにいるかといえば、(softbankのネットワークが弱いこと以外に)このグーグルフォンが気になっていたからなんです。しかもOS(アンドロイド)がオープンソースで開発されているというのも魅力。

これがドコモかauに乗っかってくれたら、もうMacBookAirもイーモバイルも要らないかも? (もしかすると冬にでるというauのHTC製スマートフォンというのがこれか?) ドコモが来年始めに出したいと言っていたのはこの日本版かも?

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10/07/2007

Chalk and talk

先日久しぶりに黒板を使って講義する機会があった。今年の春から、あるいはもっと前から、大教室の講義ではPowerPointやKeynoteを使ったスライドによる講義が中心で、他方少人数授業では学生の発表が中心だったので、自分で黒板を使うのは結構久しぶりだった。黒板のスペースの上から後付けのスクリーンが降りてくるような急ごしらえの設備の場合、黒板を使おうとするとスライドを映すスクリーンを上げねばならず、しかも黒板を使うときとスライドを使うときでは教室の照明もいちいち変えねばならない等、スライドと黒板の併用はかなり面倒になるので、大教室ではスライド偏重になっていたのである。

数年前だったか、chalk and talkというのは工夫の無い昔ながらの一方向的講義の代名詞のように言われていた時期があったが、今回遅ればせながら黒板の良さを再認識した。良さは何といってもその柔軟性だ。聞き手の反応を見て進度を変え、内容を補ったり或いは省略したりといったことが自在にできる。特に、その場で急に思いついて補足するような時には便利だ。

もちろん、柔軟性を全く活かさないような板書も「可能」ではある。例えば教師が黒板いっぱいにただひたすら板書し、書き終わると座って、ほとんど説明もされないまま学生がそれを全て筆写するのを待つ。筆写し終わった頃また次の板書に移る、といった伝説的な講義である。これこそchalk and talkの悪い例である。

逆に、スライドを使っていてスライドの良さを活かさないようなプレゼンテーションにもしばしばお目にかかる。スライドの内容を予め印刷して配布してあり、講師がスクリーンの前に居て身振り手振りで「熱演」し、時にスクリーンを指さしたりしているのに、聞き手は全員手元の紙に目を落としていているために何にもならないという形である(スライドに字をたくさん書き過ぎている場合は特にそうなりやすい)。そのうちに講師も諦めて着席してしまい、講師も聴衆も全員が紙に目を落としていて、スクリーンが虚しく画像を映し出しているというほとんど喜劇的な情景も珍しくない。「スライドは滑る」とでも言われそうである。

話しながら板書する講義ではこうはならない。聞き手は顔を上げていて、話し手は声と板書と身振り手振りというさまざまな武器を手にしているからである。話している内容をほぼリアルタイムで画面に映すMind Managerなどのソフトウェアや音声認識ソフトウェアなども出ているが、タイピングする助手が必要だったりソフトウェア購入のための予算が必要だったりで、大学の講義ではあまり現実的ではない。結局、目次と図表だけを書いたスライドを黒板の右か左に(部屋を暗くしないで済むように)高輝度で映写し(スライドの内容は事前または事後配布するとよい)、話の本体はchalk and talkして適宜聞き手にメモしてもらうというコンビネーションあたりが良いのではないか(その意味では黒板にかぶさるタイプのスクリーンは大変困る)。

従って、意外かもしれない結論の一つとして、目次や図表の要らないタイプの講義・講演では、スライドも一切要らないことになって不思議ではないのである。その意味では、最近どこの大学でも行われている授業評価アンケートで「スライドなどの機器を効果的に使用していましたか?」という設問に一律強制的に答えさせるのは、意味のないスライド使用を促し教員の話術を劣化させる副作用を持っているとも言える。

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09/10/2007

イーモバイルとiPod touch

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先月からイーモバイルと契約してUSB無線モデムを買い、MacBookを持ち歩いている。週に一度か二度は数時間LANのないところでパソコンを使いたいことがあるのでこれは大変重宝である。類似サービスでいままで独壇場だったPHSは速度が遅い(それにMacへの対応にも熱心でない)から見送っていたのだが、イーモバイルは速いしMacも大丈夫だし(このまま行けば多分)安いし良いところずくめである。

これでMacを連れ出す機会が増えたので、今度は10インチかせめて12インチの(PowerBookG4/12“のサイズと同等かそれ以下の)MacBook Miniは出ないものかと希望し始めたときに、iPod Touchが出た。無線LANでネットに繋がるようだ。だったらいっそのことイーモバイルでネットに繋がる仕様にしてくれたらいいのに。つまり電話機能は要らないからネットにだけ繋がればいい。どうしても電話機能が欲しいならば、OSXなんだしSkypeでも繋げばいいではないか。iPhoneでできることのうち、電話だけは要らない、という人は日本では案外少なくないのでは? 電話機能が障害になって日本発売が遅れそうなのであればなおさらだと思うのだが。

もっとも通信するのに外付けでモデムというのじゃあアップル的には(というかジョブズ的には)許せないでしょうね。となると内蔵だけど、それなら電話機能入れるのと同じ手間?

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06/06/2007

Google, Flickr and iPhone

久々に電子文具談義。手帳をなくすのが怖いばかりに予定表とto-do listを電子化して二年余り経ちました。電子化してローカルにデータを貯めて機械をなくしては元も子もないので、予定表もto-doもネット上に置いておくのが一番ですね。

まず試したのがアップルのiCal。これはインターフェースはアップルらしく美しいのだけど、家とオフィスのMacを同期するiSync(のち.Mac sync)が(.Macを使っているせいか)不安定で時々更新に失敗することがあります。.Macサービスの遅さ・不安定さはアップル最大の弱点かも(iPhotoからすぐウェブ上にアルバムを作れるiWebもそのせいで台無しになっている印象があります)。

予定表とは別の話に早速脱線ですが、iSyncには家とオフィスのMacで使うブラウザ(Safari)のブックマークを同期する機能があり、これもブックマークが巨大化してくると結構誤動作がありました。ブラウザをSafariではなくFirefoxに替えたら、Firefoxはそれ自体でやはりネットを使って複数マシンのブックマークを同期する機能を持っていたのでそちらに替えました。Safari>iSyncの場合よりも同期してくれる情報が多い(ブラウジングの履歴や開いているウィンドウのアドレスまで同期可能)し動作も確実なのでこれは正解でした。

予定表の話に戻ると、iCalを諦めて次に試したのが37signalsのBackpackとYahoo!です。Backpackの予定表の方が美しいのですが、携帯から読み書きできるYahoo!カレンダーに落ち着きました。Yahoo!カレンダーはウェブ上に予定表を置いて、一つのファイルを複数のパソコンや携帯から読み書きします。ホストがダウンしたら手帳を無くしたのと同じことになりますが、時々パソコンにファイルで書き出しておけば、「向こう一年間の予定を無くした」ってなことはなくなるのでまあいいでしょう。

Yahoo!カレンダーを暫く使っていましたが、携帯からの操作性が良くないし見た目も美しくないので、大画面の携帯に替えてパソコン版を直接読み書きするか、スマートフォンを1台持つかを検討中で、台湾製のスマートフォンをほとんど買いそうになりました。ちょうどそのときGoogleが別のソリューションをくれました。5月末からGoogleカレンダーが携帯にも対応したんです。それ以前は携帯対応と言ってもお知らせメールを携帯に送ってくれるだけでしたが、今度はYahoo!と同じように携帯から読み書きできます。しかも2.9インチとかの大画面でなくても充分使えるインターフェースです。Yahoo!より使いやすいと思います。これでアップルから日本版のiPhoneが出るまで(笑)大画面だけを狙って携帯を買い替える必要はなくなりました。to-doリストはついていないのですが、これもそのうち付くかも。to-do listは携帯用の無料サービスがいくつかあり、僕はcheckpad.jpというのを使っています。

実はメールも暫く前にアップルのMailからGoogleのGmailに替えてしまいました。MailはIMAP4という2,3年前には先進的だった方式に対応していて、既読ポインタや下書きをサーバ上で共有できるので、自宅からとオフィスのメール関係の環境が常に同期している点は優れていました。しかしADSLや光ファイバーや無線LANの普及で常時接続が当たり前になり、メール本文をダウンロードしてパソコン内に貯めておくことの意味が薄れ、逆にセキュリティの観点からはむしろ貯めておかないことの積極的な意味も出てきたので、IMAP4よりもいっそウェブメールの方が良いという流れになったんじゃないでしょうか。他の機能から言っても現時点でGmailは優れものです。4月頃だったか、このgmailも携帯に完全対応して、またまた便利になりました。いまは携帯のブックマークは、GoogleカレンダーとGoogleメールとcheckpad.jpが入っています。

Yahoo!とGoogleがネット関係の二大巨人なのだそうですが、僕の使用状況ではどんどんgoogleがシェアを高めています。唯一、写真関係は米国Yahoo!系のFlickrが、いまのところGoogleのPicasaよりも優れているので、Flickrを主に使っています。少々の年会費を払うと容量制限なし! 制限無しの魅力と安心感は大きく、僕は撮った写真はiPhoto経由で良いショットも悪いショットも選別せず全部Flickrに流し込んでしまい、オフィスから自宅からも再利用できるようにしています。これも結局、全てをウェブ上で一人共有するという点では上記のカレンダーやメールと同じ発想です。インターフェースはGoogleのPicasaの方が優れているので将来的にはFlickrの優位も絶対ではない気がしますが、機能と容量あたりの価格はまだFlickrが上です。

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