カテゴリー「06. 技術・経済・社会」の54件の記事

2018年9月24日 (月曜日)

Cooking in Seattle

英語圏の出張で同じところに連泊ならば極力キッチン付きのホテルに泊まり,鉄鍋を持参します.日本と違って英語圏のホテルにはキッチン付きは珍しくなく,掃除やリネンサービスが簡略で割安なところもあります.

英語圏はざっくり言って,スーパーや市場で買う食材はごく真っ当でも,現地シェフの手にかかると(失礼ながら)どうしてこんな味になっちゃうの?とか,どうしてこんなに高いの?ということがままあり,自炊の経済性が高いからというのも大きな理由です.もちろんさらに大きな理由は現地食材を使って料理するのが楽しいからです.しかしヨーロッパの大陸側や日本を含むアジアなら鉄鍋は持っていきません. ペイしないし,外食が充分美味しいからです.

今回のシアトル出張では,ホテルから徒歩数分のところにWhole Foodsがありました.

Wholefoods

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2016年11月 7日 (月曜日)

Uber in Atlanta

半年ぶりに米国に来てUberに乗ろうとすると、アプリにいろいろ追加機能ができてました。その一つは「相乗り」という選択肢。急がないからとにかく安いほうがいいという人には良さそうで、三分の一くらいの料金です。それからUberEatsというのもあって、これもまだ使ってませんが、たぶんテイクアウトの食事を持ってきてくれるサービスのようです。初日に夕食を食べそこなってホテルに着き、もう遅いのでルームサービスでポークチョップを頼んだら、せっかくの骨付きリブが無残なパサパサ肉に成り果てていてガッカリでした。手早く全面に焼き目つけてあとは弱火でゆっくり、って、そんなに難しいかよ?って感じですが、UberEatsを使ったらよかったのかも。

別の日には、ウォール街(メリルリンチ)で働いていてコネティカットに住んでいた人が引退して、前から狙っていた割安のアトランタに移住し、兄弟と共同で良いヨットを買うお金を稼ぐためにUberを始めたというドライバーにも会いました。1日に20件くらい乗せるから悪くない稼ぎだ、世の中にUberがあって良かった!と言っていました。アトランタでは市役所・タクシー業界とUberは良好な関係のようで、空港には来年1月にはUber用の専用乗場までできるという話でした。この人は大学を出てすぐの仕事がオーケストラの事務方で、その後録音技師みたいなこともやっていたらしく、「アトランタ交響楽団は、全米ベスト5の次に来るSeven of Heavenと言われてるグループに属していて悪くないよ」と言っていました。残念ながらアトランタ交響楽団を聞く機会はありませんでしたが。

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2015年10月21日 (水曜日)

Over there

ワシントンDC郊外に食事に行くときに使ったUberのドライバーが女性だったので、正直のところ、運が悪いと思ったのだが、なんのなんの彼女は運転は非常に上手く、公式のスクールバス運転手の免許も持っていた。後席に乗りこむと、buckle upしろと言われたので、You speak like a mother.とおどけると、Yes, I am(笑). 多少渋滞して30分以上乗っていたのでいろいろ話したが、お兄さんが沖縄に駐屯していたことがあるというので、海兵隊?と尋ねるとデルタ(陸軍特殊部隊)だったという。「だった」というのは、”He deceased OVER THERE.” 抑揚の強いover thereは明らかに沖縄のことではないようで、イラクかアフガニスタンで戦死したのだろうと思う。(少し前に見たイラク戦争の秀逸なミニシリーズで”Over there”というのがあったので思い至った) 「私が子供の頃だった」というから同じイラクでも湾岸戦争のほうかもしれない。当然しばらくしんみりしたが、「で、あなたは何の仕事?」という話になり、リーダーシップの話題になってからは、アメリカでの通例どおり話は弾んだ。「権限のない状態で良いリーダーシップを発揮できる人こそ、権限を与えられるべきだ」と言うと「私のeメールアドレスはこれだから英語の本を出したら教えてくれ」と言われた。これもドライバーとしてのレーティングを上げるための営業かな?

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2015年10月20日 (火曜日)

Uber vs. MyTaxi

Imgres

バルセロナの空港に着いて、Uberアプリを起動するも、サービスが開始せず。あとで知ったのですが、バルセロナ市の裁判所がUberは違法であると裁定したのでバルセロナには一台もUberが走っていないのです。これは困った。サンディエゴ大会のときは、会場近くのホテルは高くて狭いので、Uber利用を前提に1km以上離れたコンドミニアムに泊まって正解だったので、今回もそうしたのが見込み違い。しかたなく空港から正規のタクシーに乗って宿に着きました(スーツケース二つで電車とかバスとか乗りたくありません)。ネットでバルセロナ裁判所の判決のことを知り、もう少し検索すると、Uberの代わりに、ドイツ発のMyTaxiというサービスがあって、そちらはバルセロナでも盛んに使われていることをつきとめました。(Uberの直接のライバルにLyftというのもありますが、それもバルセロナにはありません)。

ユーザから見ると、アプリ上でユーザ(乗客)とドライバーが出会う点は同じ。ドライバーをレーティングできる点も同じ。支払いは車内でのやりとりではなくアプリ上でもできる点も同じ。違いは、正規タクシーなので料金がUberより高いこと。正規タクシーなのでドライバーの腕は確かなこと(Uberには、たまにカックンブレーキのドライバーがいます。その腕では普通はレーティングで低くなって生き残れないのでしょうが、私の遭遇した運転のヘタなUberドライバーは皆女性でした。乗客は男性のほうが多いと思われますので、それでレーティングが甘いのではないかと推測します) MyTaxiにドライバーとして登録するかどうかはタクシードライバー側の選択だそうですので、個人タクシーみたいな人なのか、または社員がMyTaxiにも登録するのをOKするタクシー会社のドライバーなのかでしょうか。バルセロナのようにUberが禁止されているところでMyTaxiが繁盛するというのは分かりますが、UberとMyTaxiが競争しているような市はどのくらいあるのでしょうかね。法廷が介在することもありますが、そうでない場合も、Uberと正規タクシーが競争した結果、ユーザに利益がもたらされているように思えます。海外でUberに乗り慣れて、日本でも、電車よりタクシーのほうが絶対早くて、時間のロスを考えると、タクシー代を払う価値がある場合が結構あることにきづきました(結構高い時給のはずの人でも、どんな場合も移動にタクシーは即贅沢と思っている人は多いですね)。ところが、日本の「全国タクシー」というアプリは、MyTaxiに似ていますが、「迎車料410円」がバカバカしすぎてよほどの事態でないと使う気になれません。迎車料なんて配車を人力でおこなっている時代の遺物です。日本のタクシー会社でどこかMyTaxiと提携を始めてくれないでしょうか。

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2015年8月24日 (月曜日)

Googleドライブ、複製や印刷を禁止する設定が可能に

前から気になっていたのが、同窓会名簿に自宅住所や勤務先役職なんかが詳述されていて、それが年一回の同窓会例会近辺になると添付ファイルでメーリングリストでやりとりされていることです。私の世代の同窓生たちは、ウェブメールではなく、全メールをパソコンのハードディスクにダウンロードしている人が大半です。従って、50人くらいの参加者のパソコンの1台がいつ悪質なウィルスにやられても全員の名簿が流出してしまいますよね? また、印刷した名簿をどこかに置き忘れてもダメですよね? しかしダウンロードも印刷もできないならだいぶ安全。

http://www.gizmodo.jp/2015/07/googledrivefile.html

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Uber in DC

UberにワシントンDCで乗った話。タクシーに乗る人をあまり見ないくらいUberが走っています。ここ1年くらいで乗った他の都市(アメリカではホノルル、サンディエゴ、ボストン)に比べるとワシントンはアフリカ出身のドライバーがものすごく多いようです。アフリカ出身といっても、遠い先祖が奴隷船に乗せられてアメリカに来た、というアフリカ系のことではなくて、本人自身が「飛行機で」アフリカから来たという移民です。エチオピアとかスーダンとかです。彼らは(アメリカンな発音ではないけど)正しい文法の英語を話してくれるから分かりやすいし、(これはアフリカ出身者に限らないのですが)Uberの厳しい顧客評価システムのおかげで非常に礼儀正しい。こちらが黙っていれば黙っていてくれるし、話かければつきあってくれます。車はトヨタのハイブリッドがとても多い(プリウスとかカムリ)。こちらが日本人と分かると、「アフリカの故郷ではランドクルーザーは永遠だ」とも言っていました(7月15日Facebook投稿より)。

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2014年11月 9日 (日曜日)

Uber in Delhi

サンディエゴから東京経由でデリーに着きました。11月になったせいなのか、単に間違った先入観なのか、夜は意外に涼しくて、20度くらい(昼間は30度超)。空港は非常に綺麗。床がカーペットなのは他国で見ないところではあります。入国審査も税関も非常にスムーズで何も起きませんでした。
ただ、迎えに来ているはずのドライバーが見当たらなかったので(迎えのドライバーが居るなんて、海外出張数十回の私でも全く初めてなので、柄じゃないよと思いながらもそれなりに楽しみにはしていたんですが)、さっさと諦めて、得意の?Uberに乗ってみました。実はインドではUberはどうかというのにも非常に興味があったんです。少し待たされたのですが無事合流して、スズキの合弁会社製らしいディーゼルの車に乗り込みます。Is my English poor?と気にしていましたが、確かに私の知っている数人のインド人の英語とはとっても違い、インド訛りすら充分でないので、移民かもしれません。フルタイムUberドライバーをやっていて、車は会社持ち。行先は結構有名なホテルのはずなのドライバー君は知らないようで、私が彼のスマートフォン上でホテル名をインプットして、google map(みたいなもの)を見ながら運転していました。運転はうまいしスピードはむしろゆっくりなのですが、数十センチでかわすような接近戦を連発。周囲にも、悪路でバイクに乗りながらメールを打っている強者とかもいるので、この国で自分では(まだ)運転したくない感じ。特筆すべきは道路の逆行です。めざすホテルは近くに見えるのですが直接行く道がないので反対車線の端のレーンを逆走しました。Are we on the right side?と尋ねると、No, we are on the wrong side. But we are safe. No problem, not an issue!と言う。"No problem"連発症候群は前から聞いていたのですが、Not an issueバージョンもあるのですねw  要は道を間違えたので逆走で切り抜けたってことでしょうが、これ普通に行われることなんですかね。日本と同じ左側通行で、反対車線の路側帯を走るときに右ウィンカーを出しハイビームで走行するんです。逆走の効果あってすぐホテルに着き、1:30amにチェックインしました。すぐWIAL Indiaの代表から部屋に電話があり、手配したドライバーと会えなかった旨報告しました。そのドライバー君は、別れ際に、「あなたを5点満点にしたからよろしくね」と、アメリカではUber辞めようかなモードのドライバーからしか聞けなかった相互レーティングシステムの実態を、当然のように開示してましたw 料金ですが、380ルピーつまり700円弱で、これは事前見積より少し高いんですが、車内に置き忘れたパーカを、いったんホテルを出発してから引き返して持ってきてくれたし、実直だったんで私も5点返ししようかと思います。いま思うとサンディエゴ初日の女性ドライバーは3点でも良かったな~あのカックンブレーキングはあかんと思います。

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2013年1月14日 (月曜日)

反転授業・ピアラーニング・アクションラーニング

 オーランドのHETL(ヒートルと発音)大会でのEric Mazurさん(ハーバード大教授)の講演は、結局他のスピーカーの一人が辞退して当初予定の30分で行われました。時間が短いにもかかわらず、京大で聞いたときと同じ部分と、そうでない部分があり、さすがいくつもバリエーションをお持ちのようです。その中で特に興味深かったのが、最近話題のflipping classroom(逆転ないし反転授業)にちらっと言及した部分でした。flipping classroomについては私も以前にも書きました。それも踏まえて今回のMazurさんの一言を私なりに膨らませて言うと、flipping classroomは、授業で学生たちが集まって行うまでもないような、自習可能な部分についての、いわば予習なのである。集合して行う授業には自習ではできないことがある。その典型がピア・ラーニングなのだ、級友たちから学ぶ、というその部分こそが学校の存在意義なのだ、flipping classroomの議論は、知識や情報を伝達する、という古い講義形式の授業の目的は、いまやわざわざ教室に集まらなくてもできる、と言っているだけで、じゃあ教室に集まることにはどういう意味があるかには回答を与えてない、その回答の1つがピア・ラーニングだ、ということです。そこに回答を与えないままにしておくと「学校不要論」になってしまいます。
 京都の講演で聞いたことですが、Mazurさんのよく行うピア・ラーニングでは、教員は予め学習内容に沿って学生に問いかける質問を組織的に用意しておきます。それは考え方によって回答に多様性が生まれるような(しかし実は正解が1つあってもよい)択一式の質問で、教室ではまずクリッカーや挙手でその回答を一度集計します。その集計結果を見ながら、学生同士ペアを組ませて、隣の人に対して、互いに自分の選択した回答が正しいことを説得する時間を与えます。そのあと再度アンケートをとって、もし正解があるような質問であるならば回答分布が正解のほうに近づいたかどうかを確認します。そこで教員が正解を解説してもいいし、ヒントを出すにとどめて再度相互説得の時間を作ってもいい。一段落したら次の質問に移る、というふうに授業が進んでいきます。口がうまくて、正解でない回答も正解であるかのように隣人を言いくるめてしまう学生も時々いますが、繰り返していくうちに隣人のほうも「こいつの言うことはもっともらしいが、間違いがある」と学習していくから大丈夫だ、というのがMazurさんの所見です。
 この方式の授業での教師の腕の見せ所は、いかに学生の学習を促すような質問を正しいステップと順番で構成するか、それから正解解説をいかに種明かしに終わらせず学習につなげるかなのでしょう。他にすぐ気づくこととしては、どの部分を授業時間外に行うのがよいかは、技術革新や経済の状態にかなり依存すること。Khan Academyのビデオを見て予習しておく、といったことは、高速のインターネットが普及していて、誰でも(いろいろなディバイスで)動画を試聴できることが前提です。また、集合して行う時間帯に何を行うかも同様に技術革新によって左右されます。例えば、少人数なら挙手でもMazur式ピア・ラーニングは実行できますが、大人数は辛い。しかしクリッカーがあればわずかな意見分布の変化も検知できますから、大教室でもMazur式のピア・ラーニングがやりやすくなります。
 また、同僚から学ぶという意味もピア・ラーニングをMazur式より広く解釈するならば、例えばアクション・ラーニングも同僚から学ぶことを非常に重視しますから、ピア・ラーニングの面を含んでいるとも言えるかもしれません。そもそも、Mazur式は物理学から始まっているし、アクション・ラーニングはリーダーシップですから、考えかたや知識(物理学)を学ぶ授業と態度やスキル(リーダーシップ)を学ぶ授業とで、同僚からの学習(ピア・ラーニング)を最大にするセッティングが異なって不思議はないでしょう。今回Mazurさんの本を詳しく調べずに書いたので思い違いなどもあるかもしれませんが、取り敢えずのメモでした。

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2011年10月 3日 (月曜日)

PC/ iPodオーディオのすすめ

 あまりパソコンを使い慣れないオーディオマニアに「これからはPCオーディオですよ」と言うと「何を馬鹿な」という反応をされるが、今の変化は上流(音源に近い方)で主に起きていて、一番下流つまりパワーアンプからスピーカー(ヘッドホン)ではまだあまり変化が起きていない。だから体験しようと思えば今のアンプやスピーカーなどの装置を活かしたまま比較的手軽にテストできるはずなのだが、それすらせずに毛嫌いする人もいる。そもそも中年以上のオーディオマニアという人たちは機械全般が好きなことが多く、自動車やカメラあたりに妙に詳しい人が統計的に多い気がするので、PCオーディオというだけで拒否反応のある中年オーディオマニアというのは、ある年齢から世の中の動きについていくのをやめた人なのかもしれない。(余談だがPCオーディオを毛嫌いする人は、デジカメの普及過程で最後まで光学式カメラにこだわってデジカメを拒否し続けた人たちによく似ている。好きでライカの光学式カメラを使い続けるのはいいのだが、デジカメのメリット、例えばインスタントな共有可能性に目を向けなかったのは悲しいことだ。)それはさておき、いま起きつつあるオーディオの変化は、1982年のCDプレーヤー(フィリップス・マランツブランド)の登場とその後の爆発的な普及の前後に匹敵するものだと思う。
 PCオーディオのブームは2008年にiPodからデジタルで音を取り出すことから始まったようだ。2008年よりも前にも、音楽好きから見てiPodの音には種々不満があり、その筆頭は、付属のヘッドホンだった。しかしそれは他社のヘッドホンを買えばすぐ解決する話。実は、より大きな問題として、音源としてのiPod自体には凄い潜在力があるのに、音源近くの上流に大きな障害があって、普通の使い方だとその力がフルに発揮できないのだ。iPodの記憶媒体(ハードディスクやフラッシュメモリ)から読み出されたデジタルの信号は、あの小さなiPodの中でアナログ信号に変換(convert)されヘッドホン用に増幅(amplify)される。このデジタル・アナログ変換機(D/A converter)と増幅機(amplifier)がiPodの場合非常に弱体なので、音源としてのiPodを活かすにはこの両者をバイパス(迂回)してiPodから取り出してしまう必要がある。それを可能にするのが、iPodを同期したり充電したりするときに使うドックなのだ(ある意味でiPodの設計はその可能性を予見していたのだろう)。これは「iPod用デジタルオーディオトランスポート」と呼ばれている製品で、2008年夏に米Wadia社から最初の170iが出てから、ブームが始まった。
 iPodから生のまま取り出したデジタル信号を、今度はきっちりアナログに変換するD/Aコンバータを繋ぐ。ここでアナログに変換されるから、そのあとは従来のプリメインアンプやパワーアンプにRCAケーブルで繋げば凄い音が出る。D/Aコンバータも各社から出ている(2万円台から数十万円台まである)。デジタルオーディオトランスポートとD/Aコンバータ(と場合によってはアンプまで)統合したミニコンのような製品も出てきたが、iPodのドックから取り出すときにしっかりデジタル信号のまま出しているかどうかが分かれ目だ。ドックを使っていてもアナログで取り出しているミニコンやポータブルスピーカー一体のものもあるので要注意。
 iPodの記憶媒体に入っているデジタル信号はもともとパソコンのiTunes経由で入れたもののはずだから、パソコンを音源にすることもできる。パソコンからUSBケーブルでD/Aコンバータにつなぎ、あとは同じ。
 音源になるパソコンやiPodにある音楽ファイルは、可能な限り圧縮してないもののほうがいい。具体的にはWAVかせめてアップル・ロスレス。CDからiTunesで読み込むときには、iTunesの読み込み設定を、「読み込み設定」は「WAVエンコーダ」を選択し、サンプルレート48,000kHz、サンプルサイズ16ビットにし、「エラー訂正」にチェックマークを入れる。パソコンを音楽再生時に使うなら、音楽ファイルは常にバックアップしておき、なるべく仕事など他用途に使うパソコンと別のパソコン(ないしハードディスク)にするほうが安全だ(ファイルの断片化のあおりをくわないしクラッシュの危険も減る)。既に自分の満足できるオーディオシステムやCDを持っていて、余ったパソコン(多少古くてもいい)のある人は、D/Aコンバータとケーブル類を買って繋ぎ替えるだけで始められる。
 これで聴く音楽はiPodやパソコンのヘッドホンジャックからコンポに繋いだりするのとは全然別世界だ。静寂感・音場感・音像感・音の伸びがまったく違う。音量をあげてもうるさくならない。CDプレーヤーからコンポに繋ぐ場合をも凌ぐことが少なくない(聞き比べてみて、違いがわからない場合は、装置か耳か、その両方が悪いのだろう。耳が悪い場合は、そもそも音の違いが気にならないので、別の世界にエネルギーと時間を向ければよく、それはそれで幸せなのかもしれない。味覚と同じ話である)。
 さて以上のPC/ iPodデジタルオーディオのラインナップにCDプレーヤーが全く登場しないのにお気づきだろうか。そう、CDプレーヤーは一回一回ディスクから読み取ってからアナログに変換する(そう、多くのCDプレーヤーはD/Aコンバータを内蔵している)のだが、iTunesやiPodを使う場合は最初に一回だけCDから読み込んで、あとはハードディスク(やフラッシュメモリ)からエラー補正をしながら読む。どちらの方式が良いのかは決着がついていないが、しかし高い品質のデジタル信号を毎回安定して取り出すためにかかる製品のコストを考えると、ここまでのところどうやらパソコン・iPodの方式が圧倒的に有利なようだ。
 このように、いまのところ変化はCDプレーヤーをやめてパソコンやiPodを音源にするというところと、D/Aコンバータ付近とに集中しているが、いずれこれが川下のほうにも波及することが予想される。ちょうど、CDプレーヤーが登場して、狭い空間でも手軽に良い音の取り出しができるようになり、小型でも良い音の出せるスピーカーの開発が進んだのと同じである。真空管アンプなどもまた人気を取り戻しているようだ。川上に不確定要素が多いと、真空管アンプの味わいなのか、もっと川上の音源の味わいなのか、判別できないものだが、川上の透明度が高いというのはいつでも安心材料だ。川上のほうでも例えばCDプレーヤーの逆襲のような進化もおきつつあるようだ。
 では操作性はどうか。これはアナログのLPレコード(黒いビニールディスク)よりCDが格段に楽だったように、PCオーディオの操作はCDプレーヤーよりさらに楽である。第一、CDを入れ替える手間がまったくない。音質はどうかというと、最高にチューンされたアナログのシステムは今でもCDを上回るという話はよく聞く。しかしユーザの大半が操作が楽なほう、セッティングが楽なほう、つまりCDに流れて、やがて音楽ソフトもCDでしか発売されなくなったのと同じことが起きるだろう。つまりCDの退位は、高音質な音楽ファイル(ファイルサイズは大きくなる)のダウンロードによって完成するだろう。(いまのiTunesストアはまだAACファイルどまりで、WAVファイル等でダウンロードできるわけではなく、その意味ではCD未満の音質であり中途半端であると言えると思う)。ユーザーにとって音質や操作性はそれを実現できる価格との比較でしか意味がない。同一の価格のシステムならば、(iPodやパソコンまで含めて総額50万円でも20万円でも)アナログディスクよりCD、CDよりPCオーディオのほうが音質も操作性も高く、既に勝負はついた、といって良いと思う。
 変化にともなってPCオーディオの雑誌なども数種類創刊されているが、コバンザメのような評論家がメーカーから接待されて、メーカーの意向に沿う記事を書いて、メーカーも雑誌社も消費者も幸せ、という、批評性の無さは従来の(私の知るところだけでも自動車・カメラ・クラシック音楽・オーディオ・テニス用品など日本における多様な趣味の)雑誌の悪弊を忠実に受け継いでいる。その中で、鈴木裕著『iPodではじめる快感オーディオ術』(リットーミュージック)は、一年前の発売なので製品紹介は古くなりつつあるものの、非常にわかりやすく誠実で好感が持てる。付属のDVDの音源も凄い。

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2011年8月29日 (月曜日)

働く人の学習と、学生の学習

 中原淳@nakaharajunさんが数冊の著書に書かれているように、学問の道に進まない人でも「学校を卒業したら勉強が終わり」なはずがない。(そもそも社会人という言葉が「もう勉強しない」という含みを持っているのがおかしくて)人はいろいろな形で一生学び続けるはずである。そこで中原さんは企業における(あるいは働く人の)学習の支援をどのように設計したらいいかを議論していくのだが、そこに登場する考え方、例えば「組織学習」「導管メタファーとナレッジマネジメントの限界」「対話による知識共有」「正統的周辺参加」「学習棄却(学びほぐし)」などは非常に魅力的で、むしろこれらは全部、若い人が大学生のうちから経験しておいたほうがいいことばかりではないかと思う。
 若いうちに大学で組織学習・対話による知識共有・正統的周辺参加・学習棄却を経験しておけば、在学中の学問にも(大学教員だってこれらを院生の頃には経験しているはずなのだ)、さらに働くようになってからも(中原さんの言うように)非常に役に立つのではないか。また、組織内でこれらを言い出して実行し繰り返すにはかなり強力で粘り強いリーダーシップが必要であろう。ここでまた例によってリーダーシップの出番なのだが(笑)、現代の企業や社会に必要なリーダーシップは、自ら戦略立案もロジスティクスもこなしてしまうタイプばかりではなくて(そういう人が充分な数居ればいいけれどそうはいかないし環境変化が激しすぎるので一人で何でもこなせない)、自ら日々学習し変容し、組織の学習を促進し、組織内外の他人の考えを(自分の考えでもいいのだが)リツイートするリーダーシップ(高橋俊之さんの命名)なのではないかと思う。また、「対話から学習する」場合、対話の相手には国籍や文化の違う隣人が当然含まれる。
 そういう意味で、大学生を対象としたリーダーシップ開発支援はこれから、就活対策や就業力増進でとどまるのではなくて、在学中も卒業後も一貫し継続して学び続ける、リフレクティブ・リーダーの育成を目指したいと考える。

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