65 posts categorized "01. 教室の内と外"

06/07/2010

質問会議とシャインの「四種類の質問」

 「質問会議」は、基本的に質問とその答えを言い合うだけで問題解決を図るような会議方法であり、同時にメンバーのチームワークと支援型のリーダーシップが増強され、経験からの学習の習慣がつくというものである。(これについては既にこちらそちらあちらに書いた。)この会議を運営するコーチ(清宮普美代さんたちの日本アクションラーニング協会ではこの役目を「ALコーチ」と呼ぶ)のALコーチ養成コースでは、どういう種類の質問がこの会議のために役に立つかも繰り返し例示される。言い換えると、どんな質問でもいいわけではないのだ。
 他方、これとは別に、エドガー・シャインの『人を助けるとはどういうことか』では、支援を効果的に行うためには4種類の質問をうまく使い分けなければいけないという。
 そこで、質問会議で奨励される質問と、支援に役立つ質問の異同について考えてみる。シャインによれば支援者(例えばコンサルタントだがシャイン教授の本の冒頭にあるような、通りかかったドライバーに道を尋ねられた人も支援者に含まれるくらい広い意味)が支援の方法として選択できる質問の種類は、(1)純粋な質問、(2)診断的な質問、(3)対決的な質問、(4)プロセス指向の質問、の四つがある。質問会議で推奨される質問はこのうち(1)と(2)にほとんど重なっている。最初は(1)で始めて、様子を見ながら、またチームワークを使いながらおずおずと(2)に進むのである。(3)まで行くことはほとんどの場合推奨されない。つまり質問会議は、問題提示者(クライアント)とメンバー(支援者)の間で(1)と(2)の質問をし合い、互いにそれに答えていくうちにいろいろな可能性に気づいて学習がおこなわれ、問題解決に向かって何歩か前進するという仕掛けなのだ。
 それでは(4)はどうか? 実はそれこそがALコーチの役割なのである。質問会議ではプロセス指向の質問を定期的におこなう時間帯(開始後10分以内と40分以降)と台詞の指定がテンプレートとして設けてあり(これが定例介入)、さらに状況に応じて不定期に(4)の質問を発するのを「非定例介入」と呼んで、そのタイミングをみはからうのをALコーチの持つべき重要なスキルの一つと位置づけている。
 プロセス指向型の質問は、問題解決のコンテンツに全く入らない人「でも」可能であるどころか、私自身ここ一年以上学生や社会人の数十回の質問会議を経験したいまは、むしろプロセスに集中してコンテンツをあまり聞いていない人「のほうが」あっさりできることが多いとすら思う。ただ、メンバーと問題提示者とALコーチという三種類の分業を一人一役という形でおこなうことを義務づけるのは、実際に組織の中で日常的に使うためには制約的に過ぎるセッティングかと思われる。
 それよりも、質問会議によって質問力を鍛え「プロセス指向の質問」の効能を学んで、職場や学校や組織の一人一人が、例えばALコーチ役とメンバー役の一人二役くらいはこなせるようにならないと支援型のリーダーシップには至らないだろう。そのためには、例えばシャインの四つの質問の区別をALコーチ養成教材に採り入れることが有効ではないかと思われる。

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05/26/2010

フォローする(retweetする)というリーダーシップ

 ゼミの卒業生のK山さんが教えてくれたYouTubeの動画が非常に面白かった(最初の3分ほど)。twitter上で学生諸君や同僚の教員からすぐ反応があった。そのくらいインパクトがある。
 最初に踊り始めたnutsをleaderに変えたのは、二番目に踊り始めた人である。最初の人は少し頭が変で周囲を気にしないで(空気を読めず)踊り始めただけなので、そのままなら一人で踊り続けるだけなのだが、二番目の人は「これは面白そうだぞ」と自分でも踊ってみて、面白いと分かると仲間を手招きして集める。集められるのは(最初の人にはなかった)周囲への働きかけの(普通の)スキルと(ちょっとの)勇気があるからだ。対称的に、最初の人は周囲への積極的な働きかけのスキルはないし、自分のやっていること(最初に一人で踊り始めること)は、普通の人には勇気が要ることなのだという想像がつかないので、勇気を出したという自覚もない。しかしあの場で踊ると気持ちいいということは真っ先に分かって誰よりも先にたった一人で実行しただけなのである。
 教訓として、「誰でもリーダーになれる」というのは、誰でも最初に踊り出す人になれるという意味だとしたら普通の人には荷が重すぎてやや実効性を欠くが、二番目の人になるのもそれなりに勇気の要ることであり、この踊りが皆にとっても楽しそうだということを見抜き、自分でもやってみてから皆を巻き込んで、大勢で踊るようになるに至るには不可欠の役割を果たした。つまり二番目の人も立派にリーダーシップを発揮しているのだ。実は一番目の人はリーダーシップを発揮しているという自覚すらない。(だからこそなのだが)一番目の人は二番目の人がフォローしてきたとき(教祖様として振る舞うのではなく)対等に扱った。
 ここまでは動画の中でプレゼンしている人の言いたいであろうことをふくらませただけだが、さらに言えば、日本では周囲からの同化圧力が大変強いから、ちょっとの勇気を発揮して周囲を巻き込む二番目の人が大勢居ないとイノベーションが始まらない。一番目の人のような、ちょっと変わったことを一人で始めちゃう人は、nutsでもgeekでもnerdでもいいが、ある一定割合居る。それを広めたり組織化したりするには二番目の人が社会のあちこちにいなくてはならない。不足しているのはむしろこういう人たちだし、また二番目の人たちのスキルは学校でも開発可能である(school of 未来図の高橋俊之さんがチラッとtweetしていたのもこのことかな)。BLPでめざしているリーダーシップは実はここなのだというふうに授業で使ってみようかと考え始めた。リーダーシップ開発と言うとすぐエリート主義だとか生意気だとか「批判」する人が大学教員の中にもいまだに多いのでそれへの自然な反論にもなるかもしれない。
 もう一つ。二番目の人は一番目の人をある意味で「支援」している。一番目の人はあのままずっと一人で踊っていても全然苦痛ではなさそうなので、特に支援は必要なかったのかもしれないが、この踊りを広めるという目的に照らせば不可欠の支援であった(二番目の人が踊り始めると一番目の人が嫌がってやめてしまうといったことが起きるならさらに高度の支援技術が必要になる)。二番目の人を育てるということは、周囲の人をいつでも支援する構えがある人を育てるということである。これは「サーバント・リーダーシップ」と実は同じことだと思うが、実はサーバント・リーダーシップよりもわかりやすいのではないか(「奉仕」は「支配」に対置するために使ったのだろうと思うが、やはり意味が強すぎで、「支援」のほうが誤解は少なくて済む)。
 さらにもう一つ。個性重視教育やゆとり教育は、実は一番目の人を教育によって生み出そうという意図をもって始められたのかもしれない。でも一番目の人はどういう社会にも一定割合は居るものであり、また教育によっては生まれにくいものなのかもしれない。だとすると二番目の人つまり潜在的支援者を育てていくほうが、道は遠いようでいて実は効果的なイノベーション促進策なのではないだろうか。
 最後におまけ。一番目の人は二番目の人がフォローしてきたとき(教祖様として振る舞うのではなく)対等に扱った。この動画での一番目の人はリーダーとしての自覚がないのでそうしただけと思えるが、教祖様として、あるいは先駆者様として威張って応対していればあの後の展開はなかったかもしれない。実はこれもリーダーの心得として強調されることが多い点だが、これもリーダーは「支援される構え」がなくてはいけない、というふうにも翻訳できる。
 支援とリーダーシップの関係、それから踊りという比喩については近日中にまた書きたい。

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05/02/2010

Blackboardとポートフォリオ

 授業支援システムのBlackboard(Bb)などには、学生が自分の課題提出履歴を他人に見せる機能があるようだ。学生が自分で見せたい相手のメールアドレスを入れると、相手にその学生のポートフォリオのurlアドレスを知らせるメールが届いて相手から見えるようになるのである。これは最近何度も書いた(たとえばこちら)ように、企業が学生の在学時代のある種の履歴を重視するようになると非常に有用な機能になるだろう。その履歴が捏造等ではなく正規のものであることを証明するためにはポートフォリオの信頼性も大切になる。
 ついでに言うと、Bbで一人の学生のポートフォリオを複数の教員に閲覧できるように設定することもできるはずだと聞いたので、試してみたら設定できない。販売元に問い合わせてみるとそれはバグのせいで、近々修正されるという。BLPで独自にポートフォリオを構築した理由の一つは、この機能がBbに無いと思っていたからなので、ちょっとこれには拍子抜けした。(ただ、もう一つの重要な理由は、プロジェクトで同じ班になった学生同士でフィードバックをお互いに閲覧できるようにすることで、これはBbではまだ実現できないようだ)
 Bbは米国では確立した評価を得ているソフトウェアだと聞くのだが、ユーザインターフェースに時々信じがたいほど反直観的なところがあって驚かされる。例えば教員が課題を出す手順を書いてみよう。
(1)ログインして当該授業を選ぶ(これはいい)
(2)コントロールパネルから「課題提出・資料配付」を選ばず、「課題」を選ぶ(2つがどう違うか直観的に分からないし、一度理解したあとでも直観的でない名称なので混同しやすい)
(3)「課題」に入ったら左上の「追加」を押す前に右上の「選択」から「課題」を選ぶ(左上から順に操作するというのが当たり前だと思う)
(4)「課題」を押したらすぐ右の「検索」を押すこと(「課題」ボタンを押して、なぜさらに「検索」なんてする必要があるのか?)
 立教大学では日立製のCHORUSからBlackboardに引っ越す過程にあるし、経営学部のポートフォリオもBbに移動できればすっきりするのだけど、Bbのこの反直観的ユーザインターフェースには前途の多難を感じてしまう。

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04/18/2010

成績と就活

 リクルートとリンク&モチベーションで新卒採用関係の仕事をされてきた辻 太一朗さんにお会いする。日本の異常な就活をなんとかしたいと本を書かれているそうだ。企業で面接を担当する人を訓練する研修をなさっているときに、いかに面接を工夫しても、学生の資質のうち把握できない要素があるという。それが持続性や成果指向であるという。社会人の場合で言えば「二日酔いで辛いけど、これだけは今日中にやっておかないとまずいだろう」と締切を守る几帳面さがないと仕事の成果が出ない。学生時代でこれに近いのは宿題の提出である。
 企業から見ても、二回や三回の面接で成果指向を測るよりも、大学時代の授業に関係して継続的・反復的に宿題を出させて、その提出率と内容をチェックしていればこれは容易に把握できる。その意味では講義形式の授業の多くのように試験一発の科目の成績よりも、頻繁に宿題が出るような授業の成績が重要なはず。
 就活の異常さの原因の少なくとも一部は、大学時代の正課の成果(成績など)を企業が信用しづらい(従って正課外の活動のことを中心に面接で尋ねるので、別段3年生でもさしつかえない)ことにあるとすれば、ある種の科目の成果データは見るに値すると企業に考え直してもらうことで就活を変えられるかもしれない。まず分かりやすいのは上に書いたように、頻繁に宿題の出る科目での宿題提出率で、これはやや大胆に言えば教科内容とは関係がない。成果指向以外の要素、(例えばリーダーシップの構成要素でいえば過日書いたように「積極性」や「配慮」)を見る必要がある場合には教科内容や授業方式も関係してくるだろう。

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04/08/2010

宿題提出とリーダーシップ

 ピッツバーグに本社のあるDDI、その日本でのパートナーであるMSC、それにわがBLPの3者で「インタビューによるリーダーシップ計測法」というのを開発した。PM理論であるとP(成果指向)とM(人間関係維持)の2軸だが、この計測方法ではPが「積極性」と「(狭義の)成果指向」の二つに分かれる。積極性があるのだがツメが甘いために成果が出ないという(よくある)パターンと、積極的ではないが言われたことは間に合わせるという(これまたよくある)パターンを識別することができる。
 Pの構成要素を2つに分けたことの利便性は意外に高い。学生の場合で言うと、宿題はきちんとやってくるがそれ以上のことはしないなら「狭義の成果指向」は高いが積極性は低いことになる。職場で言うと上司の指示には忠実にきちんとこなしてくるが、提案は出してこないタイプである。
 逆に、言われたこと以上のことを提案したりするのだが、宿題はとなると締め切りを守らなかったりすっかり忘れていたりするタイプは、積極的で提案営業などはできそうなのにツメが甘くて顧客に頼まれていた書類を忘れたり社内手続きで遅れて顧客に迷惑をかけたりする。宴会や旅行の幹事を任せると、人は大勢集めてくるが、会場や料理や交通機関の予約や確認でエラーがあってイベント当日急に評価を下げるタイプでもある。学生のうちなら憎めないヤツ、くらいで済むが仕事がからむと深刻なことになりかねない。
 これらとは別にM(人間関係の維持、他人への配慮)要因がある。この得点も高いにこしたことはない。空気を読むスキルと密接な関係がある。Mが高くて積極性が低ければ、発言せずに空気ばかり読んでいるタイプである。Mも積極性も高ければ、周囲をよく気遣い発言もする「まとめ役」である。
 自分がどのタイプでどこを強化しなくてはいけないか(あるいは当面パートナーにどこを補ってもらうか)を意識していることはとても有益だと思う。私はというと、M要因が鍵を握っていてMに失敗すると(失敗したと自分で思うと)積極性ががた落ちになるが、(狭義の)成果指向まではめったに侵食されない。もっとも記憶力抜群で「歩くCD-ROM」と言われていた頃と違って、最近はICTの力を借りていても締め切りを失念することが多く狭義の成果指向も怪しくなってきて周囲に迷惑をかけているかもしれない。(なおCD-ROMは20年くらい前なら大容量で安定した記憶装置だったが、今では遅いメディアの代表になってしまった。昔のことなら憶えているが先月のことは忘れているという意味では、ディスクの読み出しは健在なのだが書き込みが弱っているのだろう。)
 いま社会人一年生たちは会社で研修を受けている最中のところが多いと思う。人事部からすれば同期の間で誰がどのようにリーダーシップをとるかが定番の観察機会で、上記三要素が如実に現れる機会でもある。

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04/01/2010

2009年度最後の日

 お茶の水女子大学の村山さんと大槻さんが来訪。一年前からお茶の水女子大学でリーダーシップ教育を開始されたそうだ。経営学に基礎をおいていないことを気になさっていたが、BLPは経営学部でおこなっているから自転車の後輪としての専門知識がたまたま経営学になるだけで、これが例えば理学部なら(前輪はリーダーシップで)後輪は化学とか物理とかになるだろう、必要なのは経営学よりもむしろ振り返りの手法とか成人教育法のほうではないかと申し上げる。また、どんな授業構成なのかお聞きしているうちに、大学の普通の授業ではごく普通に起きていることが逆にBLPでは難しくなっているような面もあることに改めて気づいた。例えば、学部横断的な選択科目であれば、学年も学部も多様になり、自然にクラスの中にダイバーシティが生まれてくる。学年指定で入学直後から連続三学期間必修のBLPでは、積み重ね式で学んでいける半面、学期が進むにつれて、リーダーシップが大切だということが分かっている人たちばかりになっていくという意味でダイバーシティは薄れていく。だからいわば異分子を定期的に注入する仕掛けが必要になるのである。BLPとお茶の水女子大で何かコラボができたら楽しいですねと意見が一致したところで時間になる。
 続いて小山龍介さんが久しぶりに来訪。小山さんには2009年度のウェルカムキャンプと基礎演習(リーダーシップ入門)でクライアントになっていただいた。小山さんが松竹芸能に在籍していた最後の時期でもあったので、「松竹芸能に対して新しいスクールビジネスを提案してください」というお題でグループワークとその成果のコンテストを行ったのである。きょうは(もう昨日だが)「最近三十代の人たちが管理職になりたがらないし、ウェブの開発の世界でのリーダーシップというのはものすごくフラットになっているから従来のリーダーシップ論がますます当てはまらない」ということで、小山さんのリーダーシップ持論を再解釈というか若干理論的に書きこんで、三十代の人たちに勇気を与えるような本を一緒に書きませんかという大変面白そうなお話。ブログとかで中間生産物を出しながらまとめていってもいいですね〜という話にもなったのだった(そんな時間あるのか>自分)
 きょうは学部の一期生たちが初出勤する日。卒業式前後から入れ替わり立ち替わり一期生たちと別れの宴だったが、今日から社会に出てどんなふうに活躍してくれるかとても楽しみ。夜遅くまでtwitterなんかしてないで早く寝ろよ〜とかおせっかいなことを考えてしまう。

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03/29/2010

消費者はもう卒業

経営学部の一期生がいよいよ大学を卒業して社会に巣立つ。4年前の学部発足以来、従来の大学にはないいろいろな仕掛けと工夫を凝らし、新しい学部のカルチャーを作るのだという決意で学生とともに学んできただけに、彼らが社会でどういう評価を得るか、ほとんどわがことのように思える。一年前に決着していた彼らの就職状況は従来の立教大学の他学部とはかなり違う(超大手企業とベンチャー企業がともに多い)ものであったし、最近の立教生へのアンケート調査でも「困ったときに誰に相談しますか」という問いへの回答で、経営学部生は他学部比で圧倒的に「教員」という答が多かったことなど、手応えはあった。
 そういう一期生に向かって繰り返し言い、言いながら自戒としてきたことが「消費者のスタンスは卒業しよう」だった。問題に出会ったら、「問題が解決していない。責任者出てこい」ではなくて、「どうしたら解決できるだろうか。自分はその解決過程にどのように貢献できるだろうか」と考える習慣をつけようということである。小学生の頃から、親からもらった五百円か千円を手にコンビニに行くとちゃんと食事が買えて、大人の店員が「ありがとうございました」と言われるのを繰り返し経験してくれば「金をもっている俺様たちは文句を言う権利がある」という思考がデフォルトになって、骨の髄から消費者スタンスになってしまって無理はない。そのまま社会人になれば使い物にならないこと必定である。資格をもっていたって英語がいくらできたって「会社は俺様に何をくれるのだろうか」といつも査定していては実は自分にも進化はないので、短期的に得しようとして長期的に損するというおまけもつくのである。「こうしたら解決できるのじゃないか」と言い出すときに周囲から生意気とか余計なことをとか思われるリスクをとる。自分で解決策を思いつかないなら周囲から解決策をつのって一緒にリスクをとる。経営学部でうるさく言ってきたリーダーシップは、信長だのナポレオンだののリーダーシップではなく、そういうことである。
 というようなことを、もしご指名があれば卒業する諸君の前で言うつもりだったが、今年は珍しく機会がなかったので、ここに書くことにした次第。3月30日にゼミ生やBLPのアシスタントたちと卒業前最終の飲み会があるのだが、これを読んだ諸君からどんな反論があるだろう。

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03/28/2010

質問の効能

ピザを食べ過ぎた翌朝は紅白戦。花粉でテニスできない自分はコートサイドで見物するしかない。よしんばテニスできる体調であったとしても、選手たちの打球の速さを見ていると、自分がコートに入って練習に貢献できるとは思えない。それなのに一試合が終わると選手たちは走ってこちらに来て、律義に「アドバイスお願いします」と言う。
 はてどうしたものか。「エラーが多いな」とか「もっと走れ」とかテキトーなことを言ってもかえって恥をかくだけだろうと思うので一回目は「元気でいいね。頑張るように」とか無難なことを言って帰すが、ふとアクションラーングの手法を使うことを思いつく。「まずコーチのところに言って助言もらってきなさい」。コーチのところに行ってからこちらに来た選手には「コーチに何と言われた?」「その助言は腑に落ちる?」「これからどう練習する?」等と問答すれば本人の学習の定着には役立つだろうし、「アドバイスお願いします」という殊勝な心がけというか習慣も無駄にならない。これは質問会議のコーチ役が、コンテンツに全然入り込まなくても(コンテンツがあまり分からなくても)メンバーの学習を促進することはできるというのとほとんど同じなのじゃないか。

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03/04/2010

アシスタントのワークショップで質問会議

一年前から小規模に試行していたんですが、先週金曜日、ついに質問会議を大学の授業の学生アシスタントと有志教員のワークショップに導入することができました。
 どうして質問力をあげる必要があるかというと、リーダーシップ開発の授業では、グループで問題解決・企画提案プロジェクトを行うことが多く、そのプロジェクト期間中は教員もアシスタントも受講生たちに知識をインプットするというよりはプロセスを見守る役割になります。授業中にも机をグループごろに島状に並べ替えて、各グループがディスカッションを行う時間がありますが、島の間を巡回しているときに受講生から「どうしたらいいんでしょうか?」と相談されることはしばしば起きます。そのときに「こうしたらいいのでは」とついインプットしたくなる。どこまでインプットするか迷う。あるいはインプットしてしまってから後悔する。こんなときに受講生からの質問に直接答えないで、逆に質問で返すという技があります。
 もちろんどんな質問でもよいわけではないので、的確な(聞き手に学習を引き起こすような)質問を良いタイミングで行うために練習と経験が要るわけです。
 当日はアシスタント学生(学内規定ではstudent assistantという妙な名称です)3名と教員1名、それにプロのALコーチ(アクションラーニングコーチ)が1グループになり、そのグループが7つ、同時並行で質問会議を進めました。日本アクションラーニング協会の講座では最初からALコーチの養成を意図しているためか、交替でALコーチ役になる仕組みになっており、その準備のためにALコーチ業務の説明にかなりの時間をとられます。さらに、ALコーチになることをめざしているのか、メンバーとして質問力をあげることをめざしているのかが初心者には分かりづらくなっていると常々思っていたので、今回はALコーチ役はプロの方々に完全にお任せして、メンバーは質問役に徹してもらいました。これにともなって、質問会議の前に全体で行うオリエンテーションも、「問題解決のために良い質問・悪い質問」「どういうときに質問をしづらくなるか」など、質問の効能や良い質問が出るための条件などのディスカッションに絞り込みました。
 もともとBLPは、アクションラーニングの考え方で構成されていて(逆に言うと質問会議はアクションラーニングの一形態にすぎない)、当日参加した学生たちもBLPは1年間以上受けているので、振り返りの習慣はついており、質問会議の「学習促進」も違和感なく実行できたようです。この点についてALコーチの方々からお褒めをいただけたのも嬉しく思えました。
 受講生にも大変好評でした。朝から夕方までみっちりワークショップを行った後、受講生たちはバスでさらに伊豆へ合宿に出かけて、ウェルカムキャンプと新学期の準備のためにまた密度高く過ごしました。

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04/19/2009

2009ウェルカムキャンプ

立教大経営学部では学部開設以来、毎年新入生全員を連れてウェルカムキャンプを開催してきました。開設が2006年4月ですので、今回で四回目です。趣旨・会場・参加者層は前回までとほぼ同様なのですが、今回は現地での行事のマネジメントを学生諸君が全てやってくれました。  他の大学でも新入生歓迎のために一泊二日かそれ以上で旅行に出かけ、その運営一切を学生に任せているところがあるようです。しかしその場合コンテンツは「楽勝科目の選び方」とか「サークルの活動紹介」とか、授業とは関係ないというか、授業の趣旨とはまったく逆のものになっていることも多いようで、それは趣旨もコンテンツも運営も学生団体に丸投げしているからではないかと思われます。
 経営学部の場合は、ウェルカムキャンプで正課授業の一つ(基礎演習)のキックオフを行ないます。これはBLP(ビジネス・リーダーシップ・プログラム)のイントロでもあり、グループワークが中心なので、新入生はこの1泊2日で全員が少なくとも3~4人の親しい友人ができてしまいます。新学期が始まってもこの4人は同じクラスです。この方式の意義を上級生が共感してくれていることがありがたいところで、そのため運営を彼らに任せても学部の教育方針からは全然逸脱しないどころか、むしろそれを徹底する方向でどしどし新企画を考えてきてくれました。例えば、従来は二日目の朝からグループワークを始めていたのをさらに前倒しして、一日目にグループ単位のミニグループワークを行うことでアイスブレークし、それに続いて翌日に取り組むことになるグループプロジェクトのお題解説をしてもらってから解散・就寝です。
 キャンプでのミニプロジェクトの出題と審査はこれまで教員が行っていたのですが、ここでも新機軸。小山俊介さんと河原邦博さんという強力無比なお二人に二日間連続でご来場いただきました。お題は「身近な商品に笑いの要素を付け加えて新商品を作る」。16クラス80グループが提案を競い、予選を通過した8 つのグループで行う二日目夕方の全体発表会は笑いの渦でした。

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