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2011年10月 3日 (月曜日)

PC/ iPodオーディオのすすめ

 あまりパソコンを使い慣れないオーディオマニアに「これからはPCオーディオですよ」と言うと「何を馬鹿な」という反応をされるが、今の変化は上流(音源に近い方)で主に起きていて、一番下流つまりパワーアンプからスピーカー(ヘッドホン)ではまだあまり変化が起きていない。だから体験しようと思えば今のアンプやスピーカーなどの装置を活かしたまま比較的手軽にテストできるはずなのだが、それすらせずに毛嫌いする人もいる。そもそも中年以上のオーディオマニアという人たちは機械全般が好きなことが多く、自動車やカメラあたりに妙に詳しい人が統計的に多い気がするので、PCオーディオというだけで拒否反応のある中年オーディオマニアというのは、ある年齢から世の中の動きについていくのをやめた人なのかもしれない。(余談だがPCオーディオを毛嫌いする人は、デジカメの普及過程で最後まで光学式カメラにこだわってデジカメを拒否し続けた人たちによく似ている。好きでライカの光学式カメラを使い続けるのはいいのだが、デジカメのメリット、例えばインスタントな共有可能性に目を向けなかったのは悲しいことだ。)それはさておき、いま起きつつあるオーディオの変化は、1982年のCDプレーヤー(フィリップス・マランツブランド)の登場とその後の爆発的な普及の前後に匹敵するものだと思う。
 PCオーディオのブームは2008年にiPodからデジタルで音を取り出すことから始まったようだ。2008年よりも前にも、音楽好きから見てiPodの音には種々不満があり、その筆頭は、付属のヘッドホンだった。しかしそれは他社のヘッドホンを買えばすぐ解決する話。実は、より大きな問題として、音源としてのiPod自体には凄い潜在力があるのに、音源近くの上流に大きな障害があって、普通の使い方だとその力がフルに発揮できないのだ。iPodの記憶媒体(ハードディスクやフラッシュメモリ)から読み出されたデジタルの信号は、あの小さなiPodの中でアナログ信号に変換(convert)されヘッドホン用に増幅(amplify)される。このデジタル・アナログ変換機(D/A converter)と増幅機(amplifier)がiPodの場合非常に弱体なので、音源としてのiPodを活かすにはこの両者をバイパス(迂回)してiPodから取り出してしまう必要がある。それを可能にするのが、iPodを同期したり充電したりするときに使うドックなのだ(ある意味でiPodの設計はその可能性を予見していたのだろう)。これは「iPod用デジタルオーディオトランスポート」と呼ばれている製品で、2008年夏に米Wadia社から最初の170iが出てから、ブームが始まった。
 iPodから生のまま取り出したデジタル信号を、今度はきっちりアナログに変換するD/Aコンバータを繋ぐ。ここでアナログに変換されるから、そのあとは従来のプリメインアンプやパワーアンプにRCAケーブルで繋げば凄い音が出る。D/Aコンバータも各社から出ている(2万円台から数十万円台まである)。デジタルオーディオトランスポートとD/Aコンバータ(と場合によってはアンプまで)統合したミニコンのような製品も出てきたが、iPodのドックから取り出すときにしっかりデジタル信号のまま出しているかどうかが分かれ目だ。ドックを使っていてもアナログで取り出しているミニコンやポータブルスピーカー一体のものもあるので要注意。
 iPodの記憶媒体に入っているデジタル信号はもともとパソコンのiTunes経由で入れたもののはずだから、パソコンを音源にすることもできる。パソコンからUSBケーブルでD/Aコンバータにつなぎ、あとは同じ。
 音源になるパソコンやiPodにある音楽ファイルは、可能な限り圧縮してないもののほうがいい。具体的にはWAVかせめてアップル・ロスレス。CDからiTunesで読み込むときには、iTunesの読み込み設定を、「読み込み設定」は「WAVエンコーダ」を選択し、サンプルレート48,000kHz、サンプルサイズ16ビットにし、「エラー訂正」にチェックマークを入れる。パソコンを音楽再生時に使うなら、音楽ファイルは常にバックアップしておき、なるべく仕事など他用途に使うパソコンと別のパソコン(ないしハードディスク)にするほうが安全だ(ファイルの断片化のあおりをくわないしクラッシュの危険も減る)。既に自分の満足できるオーディオシステムやCDを持っていて、余ったパソコン(多少古くてもいい)のある人は、D/Aコンバータとケーブル類を買って繋ぎ替えるだけで始められる。
 これで聴く音楽はiPodやパソコンのヘッドホンジャックからコンポに繋いだりするのとは全然別世界だ。静寂感・音場感・音像感・音の伸びがまったく違う。音量をあげてもうるさくならない。CDプレーヤーからコンポに繋ぐ場合をも凌ぐことが少なくない(聞き比べてみて、違いがわからない場合は、装置か耳か、その両方が悪いのだろう。耳が悪い場合は、そもそも音の違いが気にならないので、別の世界にエネルギーと時間を向ければよく、それはそれで幸せなのかもしれない。味覚と同じ話である)。
 さて以上のPC/ iPodデジタルオーディオのラインナップにCDプレーヤーが全く登場しないのにお気づきだろうか。そう、CDプレーヤーは一回一回ディスクから読み取ってからアナログに変換する(そう、多くのCDプレーヤーはD/Aコンバータを内蔵している)のだが、iTunesやiPodを使う場合は最初に一回だけCDから読み込んで、あとはハードディスク(やフラッシュメモリ)からエラー補正をしながら読む。どちらの方式が良いのかは決着がついていないが、しかし高い品質のデジタル信号を毎回安定して取り出すためにかかる製品のコストを考えると、ここまでのところどうやらパソコン・iPodの方式が圧倒的に有利なようだ。
 このように、いまのところ変化はCDプレーヤーをやめてパソコンやiPodを音源にするというところと、D/Aコンバータ付近とに集中しているが、いずれこれが川下のほうにも波及することが予想される。ちょうど、CDプレーヤーが登場して、狭い空間でも手軽に良い音の取り出しができるようになり、小型でも良い音の出せるスピーカーの開発が進んだのと同じである。真空管アンプなどもまた人気を取り戻しているようだ。川上に不確定要素が多いと、真空管アンプの味わいなのか、もっと川上の音源の味わいなのか、判別できないものだが、川上の透明度が高いというのはいつでも安心材料だ。川上のほうでも例えばCDプレーヤーの逆襲のような進化もおきつつあるようだ。
 では操作性はどうか。これはアナログのLPレコード(黒いビニールディスク)よりCDが格段に楽だったように、PCオーディオの操作はCDプレーヤーよりさらに楽である。第一、CDを入れ替える手間がまったくない。音質はどうかというと、最高にチューンされたアナログのシステムは今でもCDを上回るという話はよく聞く。しかしユーザの大半が操作が楽なほう、セッティングが楽なほう、つまりCDに流れて、やがて音楽ソフトもCDでしか発売されなくなったのと同じことが起きるだろう。つまりCDの退位は、高音質な音楽ファイル(ファイルサイズは大きくなる)のダウンロードによって完成するだろう。(いまのiTunesストアはまだAACファイルどまりで、WAVファイル等でダウンロードできるわけではなく、その意味ではCD未満の音質であり中途半端であると言えると思う)。ユーザーにとって音質や操作性はそれを実現できる価格との比較でしか意味がない。同一の価格のシステムならば、(iPodやパソコンまで含めて総額50万円でも20万円でも)アナログディスクよりCD、CDよりPCオーディオのほうが音質も操作性も高く、既に勝負はついた、といって良いと思う。
 変化にともなってPCオーディオの雑誌なども数種類創刊されているが、コバンザメのような評論家がメーカーから接待されて、メーカーの意向に沿う記事を書いて、メーカーも雑誌社も消費者も幸せ、という、批評性の無さは従来の(私の知るところだけでも自動車・カメラ・クラシック音楽・オーディオ・テニス用品など日本における多様な趣味の)雑誌の悪弊を忠実に受け継いでいる。その中で、鈴木裕著『iPodではじめる快感オーディオ術』(リットーミュージック)は、一年前の発売なので製品紹介は古くなりつつあるものの、非常にわかりやすく誠実で好感が持てる。付属のDVDの音源も凄い。

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