Silent Class
ハイフェッツ教授の「バルコニーとダンスフロア」という卓抜な比喩についてはこれまでにも何度か書いた(こちらや、こちら、最近ではこちら)。同教授の名物授業のパターンの一つに、教室に到着した教授が何時間も何も言わないで教壇の椅子に座ったままで居るという実験がある。この実験をAPLPの学生40人でやってみるのが本日(現地時間9月6日)の献立である(もちろん学生にはそうとは知らされていない)。
教室に定時前に着いた教員は、いつものように学生や他の教員と談笑していて、これから何か特別なことが起きるという予感はない。不自然感もない。また、事前に渡されている教材には「adaptive leadership」と書かれていている。時間割は9時から11:30まで予定されている。以下、クラスの動きやリーダーシップ、つまりプロセスに変化があるところを●、そうでなくコンテンツだけの変化のところを○をつけてログをとってみた。
●9時00分、定刻になると「きょう教室に入ってきたときに、何を忘れて(let go off)何にフォーカスしたらいいか、各班で2,3分話し合ってください」と教員が導入。これはハイフェッツ教授の方法(と伝えられているもの)より相当親切でリスクの少ない方法だ。特にこの学校の場合、フォーカスはリーダーシップにあることは最初からはっきりしているので、2,3分同僚と話せば、リーダーシップ周辺に落ち着くだろう。
○次に「リーダーシップの授業をきょう皆さんが教員として担当するとして、何から始める?」と学生に尋ねる。「ゲームなんかどうですか?」「small group discussionは?」「映画は?」「きょうのbreaking newsについて話すのは?」などの案が出てくる。教員は「良い提案だがその案のpotential dangerはなんだろう?」と反問。学生はdangerについてそれぞれ答える。ここで
”Do you think leadership can be learned?”と問い、学生は”Yes”と答える。これについてはYesでないとここに来ている意味がないよ、と念押し。続いて
”Who is responsible for learning leadership?”と問い、学生から”Individual responsibility”という答えと「いや、そうじゃないだろ」という意見もでる。
●教員が「ここにある二本のボトルはleadership tonicだ。飲めばleadershipが身につく。“devotion, courage and sacrifice”と書いてあるのがタイ版でよく売れた。二本目のこれがアメリカ版で”heroism”と書いてあるが全然売れなかった[これらはハイフェッツのいうleadership with easy answersの例]。三本目はemergent leadershipという名前だが、まだ開発されていない。What does it look like?」と問いを投げかけて教員は座り、黙り込む(ここで開始30分経過、以下、ここを0分とカウントしてログを書こう)。主担当教員二人は前のほうに座って顔をあげ、黙っていて、ノートをとったりはしていない(これはずっと続く)。
●3分後、島型に座った各班でひそひそ話が始まる。インドの学生が教室全体に向かって何か言おうとしてやめる。教員は(主担当が二人)何かしているのではなく教室全体をじっと見ている。じっと見ていることは学生にも分かる。教員に「これから何か話すつもりですか」と問いがあるが目を向けるだけで答えない。「何か話してくださいよ」という要請も無視。
●5分後、インド人の学生が教員に近寄って話しかけるが効果無し。そこで最年少の中国の学生が全員でのダンスを提案し音楽を流して、教員の目の前で踊り始める。学生の三分の二くらいが参加する。いつも発言力のある中国系アメリカ人?の女性がこれに同意して参加を呼びかけると参加者がやや増える。しかし長続きしない。
●7分後、結局全員座ってしまう。三人くらいの学生がこれから何をしようか?と教室全体にむかって提案を始める。教員二人は厳しい顔を崩さない。参観の教員に相談に来る者もいるが同じように無視される(打ち合わせ済み)。
●9分、年長の学生が教材に”emergent leadership”って書いてあるぜとremindする。リーダー格の中国系アメリカ人が自分のパソコンを使って何かプレゼンを行なおうとする。画面が移らないので音声だけ流す(たぶん彼女のお気に入りのリーダーシップに関するインタビュー集)。終わって僅かに拍手がおきる。
●11分、男子学生一人が他の二人に手伝ってもらってホワイトボードを持ち出し、”Observe, interpret and intervene”と書いて、教員スタイルでリーダーシップの三要素という話を始める。大部分の学生は一応熱心に聞いている。ここまで”What do we know about leadership?”について持論を披露しあわないかと提案。
●15分、9分目にreminderになった年長の男子学生がこの提案に応じて自分の経験にもとづいた持論を話す。続いて年長の女性も皆の前で話す。しかしこの二人は持論を話すだけで質問をとることをしない。質問も出ない。この二人の話自体もインタラクティブではなくて固い(準備をしていないのであるから無理もない)。ただ、一人目の話とリンクはしている。
●19分、三人目の志願者(インド出身)が前に出る。彼は、二人目とともに、普段から発言の頻度も長さも大きい常連ではある。自分のパソコンにあるお気に入り?の文章を朗読し始める。
○21分、三人目終了。主担当教員にまた誰かが水を向けるが無視される。ここで初日に活躍した冷静で若いアジア系(香港?)の学生が立ち上がり、「これで11時半まで持つかな」と言いながら質問を皆に向ける。「ここまでの授業のコンテンツは皆全部理解できたかな?」これに対しては今まで発言していなかった学生たち(ラオス、モンゴル)からも手が上がり率直な振り返りが出る。
●26分、「実のところ50-60%くらいしか分からないよ」と言う答えに「どうしてだろう」「英語の問題」という答えもでて、数人から賛同の声があがる。(インタラクティブになり、参加者も増えて、「時間つぶし」「つなぎ」の感が減ってくる)。二番目に志願した多弁な(訛りの強い)女性から「本当に英語の問題なのか」というきつい突っ込みもでる。
○32分、司会役の学生が「50-60%しか分からないと言ってた人たち、理解度は上昇してる?」と水を向ける。すると普段黙っている学生の数人から反応があり、ネイティブなアジア系の学生の一人から「言語的には完全に授業は分かるが、コンテンツは理解できないものが多々ありプレッシャーは感じているということは言っておきたい」と発言。
●37分、ここで初めて日本の学生から発言。英語の勉強が不足しているが、しかし今は皆がサポートしてくれているので英語力は向上していると感じている。ただ、もっとうまく英語を話せればもっとクラスに貢献できるのに、今は自分はuselessと感じている。皆から毎日メールをもらうけど50%しか分からない。
○41分、モンゴルの学生からそれはノーマルで、誰でも問題を抱えているはずだ、と。別の学生からも、英語も問題で困ったらすぐその場でさえぎって聞き返してくれと申し出。
○46分、最初にダンスをリードした最年少の学生が、それじゃあ、これからサーバに毎日のノートを載せるよ、と申し出。別の学生からそれは良いが、それ以外にも何か必要かも、と。別のnative speakerの学生から、プログラムが始まって二週間経って良い転換点かもしれないので、non-native speakerの学生たちにとっての問題をこの際リストしてその解法を一緒に考えようと提案。ホワイトボードにproblemsとsolutionsと大書。モンゴルの学生から、しかし英語は自分の責任なんじゃないかとも。
○52分、別のアジア人の学生「英語の問題そのものがbiggest problemなのじゃなくて、クラスに積極的に参加するのを支援しあうほうがいいのではないか」
○55分、モンゴルの学生から「英語については甘やかさないでほしい」。
●57分、しばらく黙っていたリーダー格の女性の一人が立ち上がって、これはリーダーシップじゃなくてdominationじゃないか、もう我慢できないと叫び、教室を出て行こうとして皆に制止される。
●60分、この問題を考えながら5分休憩の提案。これに従い皆休憩モードに入る。
●66分、トイレから戻ってきた学生たちもいくつかのグループ(必ずしも最初に座ったいつものグループではない)単位でかなり真剣な様子で話し合っている様子。雑談している学生も居ないではない。一人のアジア系の女性が教員のところに近づいていって話しかける。教員はじっと聞いていて頷くくらいはするが、言葉は発しない。
●70分、この学生は食い下がっているので教員はやや困った様子で、頷くのと首を横に振るくらいはしている。別の学生が参観の教員のところにきて質問する。教員は反応しないように努力している。他方、グループ単位の雑談・話し合いはなかなか終わる気配がない。
●73分、一人が、全体会を始めようという身振り(手を挙げ、それにきづいた人が手を挙げ、リレー式に皆が反応して静粛になり授業が始まるというAPLP恒例の授業開始儀式)をして皆が反応。先ほどdominationを論難した女性の姿はない。
●84分、このchaotic messは感情の動きがあって面白いという発言。年長の学生から、こういうことはどの組織、どの会社でも起きることで、一部の人は話すと快適だし、そうでなく黙っているのが快適な人もいる、居なくなる人がいたり怒る人がいてもそれも普通のこと、それがこのプログラムの前提ではないか、と。女性から、
●90分、しかしそれにしてもこの午前中を無駄にしないためにはproblem-solutionを考えておきたい、と。ホワイトボードにclass activities, assignment (discussion and own task)と大書。
●94分、dominateという論難の意味が分からないという発言(dominate発言の当人はいない)
○97分、non-nativeの学生をどう支援するかという話に戻る。モンゴルの女性がいやいや、そういう支援は要らないからとにかく話しかけてくれればいいのだと提案する。
○101分、中国の女性が立ち上がって、私は二つのグループに属している。一つのほうは全員に話させるので素晴らしいが、もう一つはそうでもないので残念だ、と。最年少の学生(ほぼnative)が、特定の人ばかりが話しているのがdominationだとすると、確かによくないかもしれん、黙っている人がいたら私はもっと指名して話させたい、と。
○105分、一人の多弁な女性が全体をしめくくろうとしてか、無知の知のようなことについて語り始めやや混乱する。
●114分、ランチにしようか締めくくりにするかしよう、という提案があり、司会役の一人の学生の一人がここまでの議論のいくつかを要約する。dominationについて怒った女性が帰ってしまったが、その行動が間違っていたとは考えないほうがいいのではないかと提議。間違っていたどころか、問題にきづいたという発言あり。他に二人の男子学生からこのクラスは貴重な機会を提供してくれるという感想の発言があって拍手で終わろうとする。
●119分、教員がやおら立ち上がり、このクラスは今朝どう始まったか、どうして教員が150分間なぜ話さなかったかのか昼休みに考えておいてくれ、と。解散すると、かのdomination発言女性は廊下にいて、他の受講生と話し始める。教員は教室に残っていた学生と雑談している。午前中に学生がとった言動についてのコメントはまだ避けているように見える。
ここまでが午前中の動き。このあと二時間たっぷりと振り返りがあった。
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