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2011年9月 6日 (火曜日)

「十二人の怒れる男」たちの質問力

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 East-West CenterのリーダーシッププログラムAPLPの第11期生(G11と呼ばれている)は、今週木曜に映画「12人の怒れる男」を教材にして”Influence”についてディスカッションをすると予定表にある。涼しくなってきたのでいいのだが、この映画は暑苦しい。映画のセッティングも真夏のニューヨークの裁判所の陪審員室で、冷房もないところで12人の男たちが議論しあう二時間弱である。
 この映画は、実はBLPでも教材に使うことを検討したことがあるし、、内外の多くのビジネススクールでも教材として使われている。多くの場合は主役のNo.8(陪審員番号8番の男、最後に本名がDavisだと分かる。俳優は、いつも格好良すぎるのが困りものだがまさに適役のヘンリー・フォンダ)が、1対11という圧倒的少数から始めて、議事進行方法に関する提案と議事内容の発言をいかに巧妙に組み合わせるか、とか、いかに周囲を説得していくか、というリーダーシップについての教訓を得るために教室で鑑賞されているようである。そうした視点も面白いと思うのだが、ここでは、少し違う角度からもこの映画を見てみよう(他で既に似た視点から書かれてるのをご存じのかたは是非教えてください)。
 それは、絶対的少数派が、要所要所で質問をうまく使うことで多数派を巻き込み味方につけていく過程のことである。つまり、いわば質問力から見た「12人の怒れる男」である(以下この映画を見たことのない人にはネタバレになるので注意)。

 映画が始まって、陪審員が着席し、会議が始まってからしばらくはNo.8はじっと様子をうかがっている。しかしNo.10が、被告人の少年の話は頭から信じないのに証人の中年女性の話をそのまま信じているので、

18’09”
You don’t believe the boy’s story. How come you believe the woman’s?
と最初の一撃を質問で繰り出す。No.10は激昂して「きさま頭が良いつもりかYou are a smart guy, aren’t you?」と返し、おそらくは周囲の心証を悪くする。

続いて
25’09” Could they (witnesses) be wrong?
この後、やや芝居がかったナイフプレゼンテーションのシーンがあり、No.9を味方につけたNo.8は議事進行の主導権を握り始める。

40’53”
Has anybody any idea how long it takes an elevated train going at a medium speed to pass a given point? 
という質問によって証人の証言の信憑性を話題に皆を参加させることに成功する。善良なNo.2が「10秒くらいだと思う」と食いついてくれるし、次の
Has anyone here ever lived near the L tracks?
にはno.6が「ああ、ちょうどその沿線の家の塗装を終わったばかりだ」とこの質問に乗ってくる。

逆に、捨て台詞のつもりでNo.3が発した
43’20”
Why should he lie? What’s he got to gain?(証人が偽証する動機がないだろ)
という問いに、No.9の非常に重要な”Attention, maybe.”を引き出す。

徐々にNo.3が追い詰められていき、

58’38”
Are you his executioner? この挑発的な質問に乗って”Yes”と答えたNo.3をほぼ全員が見放し始める。

No.3やNo.10と違って終始一貫冷静で論理的なNo.4 (E.G.Marshal)が最後のほうまで有罪派に残っている。被告人の少年が家を飛び出して見に行ったという映画の内容を覚えていないという取り調べ結果に関して、No.8が発する質問は、

69’32”
Do you think you could remember details after an upsetting experience such as being slapped in the face by your father?
これに乗ったno.4が、自信のあるはずの記憶の危うさを自ら証明してしまう。

さらに、自由に質問できる立場になったNo.9が
84’15”
Aren’t you feeling well?
I was wondering why you rub your nose like that?
という質問をきっかけに、近視のNo.4の鼻の両脇についているメガネの跡や、目の間を揉むしぐさから、証人の一人で線路の向こう側から殺人を目撃したという女性が、実は強度の近視であることを証明してしまう。

対照的に、no.3,10らの質問は、形としては質問になっているときにも、返答を期待していない。例えば、What about the knife? と問いかけているのにすぐ自分の意見をかぶせてしまって対話にもっていくつもりがないし、何度も繰り返されるWhat the matter with you, guys?やHow do you like it?は返答を期待していない。あるいは43’20”のWhy should he lie? What’s he got to gain?のように返答を期待していなかったのに逆に相手方に強力な手がかりを与えてしまう。

このように、No.8/9の質問力にはNo.3/10と格段の差があり、少数派である間には多数派と対話に持ち込むためのツールとして、勢力伯仲してきたときには勝負する議論に引き込むツールとして、多数派になったときには駄目押しの一撃として効果的に質問を使用しているのである。これは実際に起きたできごとではないし、仮に起きたことであるとしても一回であるので、脚本にこう書かれてそれが映画化されているから質問の有用性を即証明するというのではないのだが、五十年以上前に書かれた脚本が繰り返し映画化され、それぞれが人々に愛好されているのは、一つにはNo.8/9とNo.3/10らのこうした話法の違いを含めて実際にありそうなこととして人々に認識されていることの現れではないか。

(下は写真はワイキキ西方の空。最近はこんな雲も見られるようになり涼しくなってきました)

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