メディアセンターでの2年
2009-2010年度の二年間は立教大学メディセンター長も兼任していて、学内の教育・研究に関するICTインフラの運営に関わっていました。現場にはさすが猛烈に技術に詳しい人や面白い人も多く、楽しく仕事をさせてもらいました。春の送別会・歓迎会に忘年会、さらに夏には河原でバーベキューがあり、二年連続で河原で鉄鍋料理も。このセンターが年次報告を出すというので、ちょっと改まって巻頭言として書いてみたのが下記の原稿。また変わるかもしれないけど。
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この報告書は本来であれば毎年発行されることになっているそうであるが、諸般の事情で昨年度は発行に至らなかったため、今回の報告のカバーすべき期間はちょうど私のメディアセンター長在任期間の二年間にちょうど重なることになった。あっという間の二年間であったが、その間にメディアセンターの業務に関連して感じたことをいくつか述べて巻頭言の代わりとしたい。
1) WiFi(学内無線LAN)
今年度から池袋キャンパスでWiFiがほぼ全域で本格的に使えるようになり、来年度には新座キャンパスでもサービスが開始される。これは教育上とても大きな意味を持っている。というのは、従来から立教大学では、大学側が用意するパソコン1台あたりの学生数が多く、学生がキャンパス内で充分にICTを活用できていないことが課題であった。ところが、軽量化・低価格化したノートパソコンとスマートフォンの劇的な普及、さらに学内WiFiの整備によって、パソコン教室に行って机上のパソコンを使うよりも、個人所有のパソコン・スマートフォン・タブレット端末を大学に持ち込んだり、大学からノートパソコンを借り出して学内WiFiでネットに繋ぐことの方が便利になった。私は、学内WiFiの整備によって、「大学の用意するデスクトップ端末の台数÷学生の人数」という数字の重要性は少なくとも相対化し、教育上のICTインフラ整備の課題の重点はむしろ例えば、学生同士が集まって議論しながらネットも使い、共同学習できるようなスペース(アクティブ・ラーニング・スペースと呼ばれることもある)の拡充へと移動したと考えている。WiFiのおかげで、そうしたスペースにいちいち有線のアクセスポートを作らなくてもよくなったことは有利な条件であろう。
もちろん、そうした便益を享受するためには多くのモバイルアクセス端末が必要で、大学としては当面貸し出し用ノートパソコンを拡充していくことは必要であろう。ただ、iPadのようなタブレット型端末の価格が下がり続けているので、用途によってはこの貸し出しサービスはいずれ要らなくなる可能性はある。
2) リテラシーと倫理
キャンパスでも常時インターネットにアクセスできるとなると、今後ますます重要になると思われるのは、学生や教職員が、インターネット上でトラブルに巻き込まれたり、トラブルを引き起こしてしまわないようにエチケットや護身術を共有することである。この点は教職員よりもデジタルネイティブの学生の一部のほうがおそらく感度が高い面もありそうでもあり、逆に学生は(在来の)社会規範や法律については学び始めたばかりの立場にある。その意味では教員が教室で一方的に教壇から教え込むような情報倫理教育では不十分で、学生と教職員がともに学び合うようなプログラム設計が望まれる。すなわちアクティブラーニング(学習者中心の教育)である。うまく設計・運用すれば、このプログラムによって学びが活性化して、大学が享受するメリットは小さくないと思われる。
3) インフラと「ソリューション」
WiFiの話に戻るが、そもそも立教大学では、WiFiはどうして大学のインフラストラクチャーとして整備されるに至ったのだろうか。それはいつでもどこでもインターネットに接続できることの重要性、特に「ネットで検索」することの重要性・利便性が、教育面でも認知されてきたからというのが一番大きいだろう。その意味ではグーグルなどの検索サービスのインパクトの大きさはいくら強調しても強調されすぎることはない。インターネットに接続することの目的が、eメールのやりとりだけだったり、あるいは趣味や楽しみのためのウェブサーフィンだけだったならば、巨費を投じてキャンパスにWiFi網を整備する理由にはならない。「いつでもどこでもネットに繋げることが教育的に望ましいのだが、現状はそうなっていない」という問題への現代的な「ソリューション」が無線LAN接続ポイントをインフラとしてキャンパス全域に設置することなのである。
これに比べると、「教育でのICT活用促進」のために採用が検討されてきた「ソリューション」群は、そもそもどういう問題を解くためのものかが忘れられがちである。例えば「クリッカー」と呼ばれる、授業内でリアルタイムでアンケートをとるシステムがある。これは何の「ソリューション」であるかというと、大人数の授業をインタラクティブに行ないたいが、うまくできないという問題への一つのソリューションである。ソリューションが提示されて、それが個々の教員に実際に採用するかどうかを個々の教員に任せるのであれば、採否は各教員の計算する費用対効果によって決まる。もともとインタラクティブに授業を行っていた教員にとっては、アンケートを口頭での問いかけから文字に落としこむだけであるから費用はまあまあ低いと言えるだろう。しかしインタラクティブに授業を行なっていない、あるいは行う必要を感じていない教員にとっては費用は極めて大きいし、さらにはまた、そんなシステムを使わなくても口頭で充分にインタラクティブに行えていると考える教員にとっても費用対効果は良好ではない。
つまり、インタラクティブに授業を行ないたいがうまく行ってないという「問題」を共有できて初めてクリッカーが「ソリューション」になるのである。ところが、最初にクリッカーがあって、「さてこれをどういうふうに使えますかね」と相談して、「では使ってくれる先生を探そう」ということでは、既にインタラクティブに授業を何かの形で行っていて、しかもガジェット好きであるという極めて少数の教員しか見つからず、しかもそこで成果が上がったからといってその成果が共有されたり、まして顕彰されたりということが無ければ、他の教員への波及効果も限定的にならざるを得ない。つまり、「授業をインタラクティブに行おう」というミッションが教員間で共有され、「現状では、大人数の教室では障害がある」という問題があり、それを解くソリューションの一つとしてクリッカーが用意される、という順序でなければならないはずである。その意味では「教育でのICT活用促進のため」という最初の設定が既に転倒しているとも言える。ほとんど全く同じことがLMS(Blackboardのような学習支援システム)、eラーニング、eポートフォリオそれぞれについてもあてはまるのではないか。
何が問題であるかを共有しないうちに「ソリューション」を提示するという傾向は、企業や大学に対してICT機器やソフトウェアを販売しようとする企業の戦術に影響されたものかもしれないが、しかしその売り方はソリューション営業やコンサルタントとしても間違っているのではないかと思う。
4) 他大学との協力
慶應義塾大学、法政大学、明治大学、立教大学、早稲田大学のICT担当部局で構成して情報を交換しあう「大学情報サミット」では、他大学のかかえるICTインフラ運営上の問題をお互いに共有して、励まされたり、学んだり、とても収穫が多かった。その後、別の機会に国立大学を含めた十数校のCIOが集う会合にも出席する機会を得て、そこでも非常に有益なお話をうかがうことができた。特に、独立法人化した後の国公立大学のICTインフラ整備と運用の様子は、費用分担やメンテナンス分担のしかたからして、とても異なっているように思えた。こうした場に出席することで自校の課題や強みを知ることができるし、相談相手も見つけることができる。ICT活用は上にも述べたようにミッションではなくてソリューションに過ぎないにもかかわらず、革新が早く、採用するとなると投入するリソースの規模が大きく、またセキュリティの問題もふくんでいるので、高次の大学経営の視点からの密接な関与とコントロールが重要と思われる。
以上
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