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2007年2月25日 (日曜日)

「グローバル」なリーダーシップ

一ヶ月以上もブログ更新をできませんでした。時々見てくれている方々、済みません。入試シーズンに続いて、2月20日に神戸大の金井壽宏さんや海外の研究者を立教大リーダーシップ研究所にお招きして「21世紀のリーダーシップ」という研究会と講演会があって、その事務局兼コメンテータとして準備に没頭していたのです。海外からの研究者というのは、2005年9月にミズーリ州立大セントルイス校(UMSL)に伺ったときからのおつき合いになったAllan Birdさんとその知りあいの方々です。組織行動論の有名な教科書を書いているジョイス・オズランドさんもその一人です。

内容の要旨などは主催のリーダーシップ研究所のブログに後日載せるのでそちらに譲るとして(追記:こちらに載せました)、いくつか気付いた点を忘れないうちに書いておきます。まず、グローバルリーダーシップというのは、リーダーシップ論の中でもさらに新しい分野なのだそうですけれど、グローバルなリーダーシップを涵養するようなプログラム(global leadership development)はアメリカンなリーダーシップ養成とは違うというのが公式見解のようです。

つまりアメリカ人だけのチームでリーダーシップをとれる人、日本人だけのチームで(自然に)リーダーになれる人、それに同じようにマレーシア人だけのチームでリーダーになれる人の三人が居たとして、その三人が組んだチームで発揮されるリーダーシップはアメリカ式でも日本式でもマレー式でもないということです。しかし三人の誰も知らないようなリーダーシップの取り方なんてあるのでしょうか。第一、この三人は仕事の必要上三人で組む羽目になったような場合を考えたら、三人の誰も知らないようなリーダーシップの取り方を三人で探求していくなどという迂遠な道をとるとは思えません。

やはり三人が共通に理解しやすいリーダーシップの取り方に落ち着くでしょう。それは論理的可能性としては一応日本式かもしれないしマレー式かもしれないし、アメリカ式かもしれない。ではどれになる可能性が高いかというと、習得しやすいリーダーシップスタイル、すなわち徹底的に言語化してあって、およそリーダーたるものこうでなければならないという研究や教育による標準化が進んでいるタイプのリーダーシップになるのではないでしょうか。現状でそれはどれか、というとやはりアメリカ型でしょう。つまりリーダーシップ研究と教育におけるリーダーシップをとっているのは今はやはりアメリカだからそこから始めるとするとグローバルリーダーシップもアメリカ型になるのではないか、ということです。そうなると、多国籍企業において現地のことは現地人のマネジャーのリーダーシップに任せる、という今まで主流だった異文化・多文化アプローチから世界共通のグローバルリーダーシップに転換する企業が増える可能性があります。

その意味ではグローバルリーダーシップはアメリカ的なリーダーシップになるとは限らないというのは単に気休めというかリップサービスなのではないかとすら思えます。しかし日本式のリーダーシップがチームの成果や人々の気持ちにとってベターならば日本式にも当然チャンスはあるはずで、それを現実のものとするには言語化が必須です。この言語化については、今回の催しのように外国人のリーダーシップから学ぶと同時に、外国人に対して日本型リーダーの良さ(というものがあるとして)を外国語で説明してみるというのは重要なステップなのでしょう。

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