ライブドアとニッポン放送その2
金融メルマガ第37号 3月11日配信分
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【金融メールマガジン 第37号】
日向野幹也(東京都立大学経済学部教授)
url: http://www.mhigano.com
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先月号から引き続きニッポン放送株問題です。記事は新聞各紙サイトに多数あり、多くのことが報道されているのですが、先月からの経緯を分かりやすくまとめておきます。
ここ一ヶ月の間の展開は、一方でフジテレビとライブドアが競ってニッポン放送株を買い集め、他方、裁判所に対して相手の非を訴える、という両面で行われてきました。
まず買い集めですが、フジテレビの方はTOB=takeover bidという伝統的な買い付け制度を使って行ってきました。TOBは、誰が買収しているのか分からない状態ではデマや不正が横行しやすいので、特定企業を買収したい者は名乗り出て、買取価格と買取期間を明示して買い付けるという制度です。フジテレビがニッポン放送株の買取価格を広く公示して、その価格で売ってもよいと考える株主が買取に応じるのです。
他方、ライブドアは、TOBを使わず機関投資家同士が株式を直接売買するときに使われてきた取引所の外での取引を行ってニッポン放送株を買い集めてきました。今の日本のTOB制度は古くて、こうした方法で買収のための大量取引が行われることを想定していなかったので、情報開示などの規制の対象外になっており、ライブドアはそこを突いたのです。(例えば現在米国の中堅ソフトウェア会社をめぐってOracleとSAPが買収合戦を行っているようですが、両社ともに米国のTOB制度に乗っています。このようにTOBという制度そのものが使い物にならないというのではありません。簡単に言えば日本のTOB制度が更新を怠ってきたということです。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20050309AT2M0900O09032005.html)
さて、こうした経緯の中でニッポン放送株は高くなったので、TOBで公示された価格は割安になってしまい、一般投資家はTOBには応じなくなったと思われます。ところが3月8日の報道を見ると、機関投資家(というか、フジテレビやニッポン放送と株以外の取引関係が濃厚な株主)は市場価格より安いと知りつつフジテレビに株を譲っています。これは、今後ともフジテレビおよびフジサンケイグループと取引を行っていくのが得策であると考える企業が、目先の損(割安で株を譲る)より長期的な取引利益をとって、フジテレビ側のTOBに応じたものと解釈できるでしょう(そういった投資を政策投資と呼ぶこともあります)。また、利益というよりはライブドアのような買収方法に反発してフジテレビ側に協力した株主も居たかもしれません。
3/8の日経朝刊によると、東京電力、関西電力、講談社、電通、東急、小田急、東芝、三菱電機、三越などはTOBに応じたのに対して、トヨタ、東京ガス、京王電鉄は応じなかったようです。(『南君の金融日誌』では、南君と京子さんの二人でプチエコーの三分の二の株式を保有していましたから、こうした問題は起きません。しかし第12章で南君が持株を手放して現金化した後は、そうとは限らず、京子さんの持株比率も下がって、雇われ経営者に近くなっていきます。)
このTOBによってフジテレビは当座の目標だった持株比率25%(ニッポン放送が持つフジテレビ株の議決権を無効にできる=ライブドアがニッポン放送を買収できてもその支配はフジテレビには及ばない)を達成し、さらに33%(ニッポン放送の筆頭株主が誰になっても、三分の二の票が必要な重要案件について事実上の拒否権を確保できる)を超えて、TOB期間を終了しました。
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20050308AT3L0801A08032005.html
今後の展開については、TOB期間中にフジテレビが行った「毒薬」作戦が裁判所に認められるかどうかがまず重要です。この毒薬とは、ライブドアの買収作戦に対抗してニッポン放送が、フジテレビに対して大量の株式割り当て発行の約束をするものです。これによって、フジテレビの持株が(新株の割り当てによって)増えるので、ライブドアの持株比率が減ってしまう、というものです。発行済み総株式数が増えるときにフジテレビの持ち株数だけが増えて他の株主の持ち株数は変わらないのですから、ライブドアは買収を完了できなくなります。しかしこれはライブドアだけでなく他の株主の利益にも反するから違法な増資であり、裁判所がこれを中止させてくれというのがライブドアの訴えです。
この訴えがもし却下されれば当面フジテレビ側が有利になるでしょう。却下されずに差し止めが行われると、さらに買収合戦は続くでしょう。このメルマガが配信される頃には裁判所の(第一回目の)判断が出ているかもしれません。
フジテレビに対してのみ新株を割り当てるという予約が、ニッポン放送の企業価値(株式時価総額)を高める(ニッポン放送の現株主の利益になる)のかどうか、裁判所がそこに踏み込んで審理するのなら実に難しい判断になります。TOBの制度にも毒薬の制限規定も不備がある現状で判断を迫られるので、現行法をどう解釈するかという問題と、今後どう法を整備していくべきかという問題とを両方考慮せざるを得ないからです。
なお、フジテレビとライブドアの2社(のように少数特定の投資家)が主要株主であるような状態が今後も長く続くと、東京証券取引所の規定からニッポン放送株が上場廃止になる恐れもあって、一般投資家はそれを嫌い始めている気配もあります。
いずれにせよ、このニッポン放送問題は、TOB制度や「毒薬」など、合併・買収の法制度を(遅ればせながら)更新する良い機会にはなっています。その更新作業の中で「法と経済学」が活躍するでしょう。また、大学や(場合によっては高校でも)教室の授業やゼミで、さまざまな角度から取り上げることのできる格好の教材になりそうです。私も新学期に早速試してみようと思います。
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