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2005年2月の8件の記事

2005年2月16日 (水曜日)

Brick and click〜実店舗と信頼の役割

二年半前に書いたことではあるが、依然として重要というか、重要性がますます増してきたように思うので、繰り返し書いておきたい。

1990年代末に日米で「ネットバブル」が弾けて、その反省として「clickだけではダメで、伝統的なbrickとの組み合わせが必要だ」と言われるようになった。clickとはネット上の商店や通販のことであり、brickすなわち煉瓦は実店舗のことである。つまりネット上のみで開業している商店は不振であって、実店舗と適当な配合で並行して開業していないと顧客が集まらないというのである。

今日であればこれが当てはまらない企業をすぐ思いつく。Amazon.comである。Amazon.comは実店舗を全く持っていない。従って、「clickとbrick両方がなくてはダメだ」は当てはまらない。しかし、brickの意味を広くとって、顧客の信頼と解釈すれば良いのである。いったんそう考えると、Amazon.comも説明がつくし、さらに、実店舗を持っていないが成功しているネット商店として、伝統的な電話や手紙による通信販売から転じてネットにも進出した企業群も同様であることに気付く。彼らもほとんど実店舗は持っていないがネット通販で成功している。それは在来の通販で成功して顧客の信頼というbricks(煉瓦)を築いたからこそ可能であったと言ってよいだろう。

三点ほど付け加えておきたい

(1)ネット上でも顧客の信頼を維持するためには、商店自身が誠実であること、商品の情報が正確であることなどが重要であったが、最近はネット上の犯罪への意識が高まっているので、商店だけでなく第三者による個人情報の横取りやなりすましにも充分な対策をとっていることを顧客に納得させることが信頼を維持するうえでますます重要になっている。

(2)顧客による信頼は経済学でいえば企業の資本の少なくとも一部を構成する。実店舗も資本である。つまり煉瓦とは資本のことであったと言っても良い。信頼を維持するのにかかるコストは資本を維持するコストである。

(3)顧客の信頼が数日にして崩壊する事例が(ネット商店に限らず)続発している。雪印食品、三菱自動車、西武鉄道などである。これは火事や地震で工場が損壊するのと同じように資本の毀損に相当する。

以上について詳しくは、「ネット通販とネット専業銀行」((財)商工総合研究所『商工金融』2002 年9月号、の主要部分)および一番下の2点を見ていただきたい。

また、やや専門的になるが、ここでいう「資本」の意味が法律と会計と経済学でそれぞれ微妙に異なることについては、別のdiscussion paperである「資本」の法と経済学で論じている。

(文献)
「ネット通販とネット銀行」,『赤門マネジメントレビュー』(オンラインジャーナル),GBRC,2002 年9 月25 日。
「ネットバンキングと異業種バンキング」、『中小公庫マンスリー』、2003年3 月号、中小企業金融公庫、p.22-27。

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2005年2月12日 (土曜日)

Bad boys

Sydney大学への通勤には、その後も毎日のようにRedfern駅を使っていた。あの辺は悪い奴らbad boysがいるから気をつけな、と大学の用務員のJohnに言われたことがある。bad boysとは誰のことかはじきに分かった。少数民族のAboriginiである。

その後どっちがbad boysなんだか一層分からなくなるできごとも経験した。Sydney市内の横断歩道を渡っている時に若い白人2人が乗ったpickup truckが目の前に止まり、こっちを見ながら"You should have been killed by VC."と言っているのが耳に入った。VC=Vietcongである。

出発前のにわか勉強で知ったのだが、Vietnam戦争の難民・亡命者が大量に豪州に流れてきていて、低賃金でも勤勉に働くので結果としてAussieたちの職を奪うような現象があちこちで起きていたようだ。確か経済全体も不況期であったと記憶する。そういう時期に安い外国人労働が流入すれば人種偏見に拍車がかかるのは多くの国で経験されてきたことだろう。豪州は白豪主義の時代が長く続いたために、当時は混在の経験ゼロに近い状態から「多文化主義」の実験を始めたばかりのところだったのかもしれない。

件の二人組は、私がたまたまVC発言を聞きつけて睨みつけたところ、驚いたことに慌てて手をあげて笑顔をつくろう中途半端な差別主義者であった。差別の初心者とでも言おうか。町を車で流しては、気が向いたときに通りかかったAsiansにそういった暴言を吐くことを始めたような風情だ。(米国南部あたりではそういう暴言と一緒に間髪入れずに何か飛んできたりしかねないだろうから、にらみ返すのにも危険があるかもしれない。これは僕の南部偏見だろうか?)

しかし差別初心者の若者の父親は、僕に忠告してくれたJohn某のような人であって全く不思議はない。John某が、僕のことを客員研究員であるとも日本人であるとも知らず町で出会えば、どんな顔をするだろう。その意味で、白豪主義の時代に育ったはずのJohn某のほうが、Redfern付近にいる少数民族よりもむしろ不気味に思えた。

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High noon in Sydney

91年春、訪問・滞在先のUniversity of Sydneyに朝一番で顔を出し、学部長と何人かの教員たちに挨拶し、部屋の鍵を受け取り、要望していたMacintoshも無事借りられて、初日にして万事が順調に進んで、大学に持ってくる品々を揃えるため昼前にいったん帰路についた。行きはバスだったので帰りは電車を使ってみようとRedfern駅から地下鉄に乗る。今度は地下鉄で痛い目に遭うこともなく、自宅最寄りのTown Hall駅に着く。

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Autumn in New York

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86年秋だからもう20年近く前の話。僕が初めてNYCに住んだときのことである。貧乏学生と変わりない格好をしていたためか、日本を発つときからさんざん聞かされていたholdupには遭わずに済んでいた。住み始めて3か月、かなり慣れてきて会話にもあまり困らなくなった頃、いつものように大学の帰りに米を買いに中華街へ。今と違って日本食は一般的でないので日本式の短い粘りけのある米は中華街まで買いに行く必要があった。

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2005年2月11日 (金曜日)

2004年度ゼミ生手記

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 ゼミでの上海旅行は私にとって大学生活最高の思い出となりました。旅行中のどんな些細な出来事も忘れたくない、大事にしたいと思っています。上海では普段の生活では見られない、いろいろな人の個性が光っていて、観光地に行ってもゼミ生の一挙手一投足に目がいってしまいます。不思議なお土産をたくさん買う人、積極的にコミュニケーションをとってすぐに外国の方と仲良くなる人、裏道の屋台で買った怪しげな食べ物を食す人など新たな一面を発見して、やっぱりこのゼミの一員でよかったと思うのです。同じ大学に在籍し、多くの時間をともに過ごしたゼミの仲間もそれぞれの道に進むことを思うと寂しい気がしてないりません。でもまた新たなフィールドでいろいろな魅力を発揮していくことを思うと楽しみであり、自分も頑張ろうという励みになります。そして時々は集まって、上海で過ごした夜のように美味しいものを食べ、美味しいお酒を飲み、楽しい時間を過ごせる仲間であり続けたいと思います。(山口牧=写真上・中央右、2005年4月より日本生命勤務予定)

 ゼミ生達は2ヶ月前から日程調整や資金作り、パスポートの準備等に励みました。上海の空港に到着した後、バスの中から見た高層ビル群や派手なネオン、人の多さに新聞やTVではなかなか実感できない中国の勢いを肌で感じた気がします。有名な点心の店で長く並んだ末、やっとの思いで小籠包を食べ、上海なのに北京ダックを食べ、新天地(写真)では満月の下で青島ビールを遅くまで飲みました。おかげて終電を逃し、ホテルまで皆でゾロゾロと歩いて帰ったことも今となれば楽しい思い出です。おみやげ屋での値段交渉も最初は苦労しましたが、慣れると楽しめ、人によっては言い値の一割以下で交渉をまとめるツワモノも出現しました。移動時は常に集団の最後尾を先生にガードしていただき、大きなトラブルもなく無事に帰国することができました。先生の「今年の夏合宿は海外にしようか」という一言から始まった上海合宿でしたが、中国経済の勢いに触れ、現地の人とコミュニケーションを取り、美味しい食事もでき、一生忘れられない貴重な四日間でした。(居石賢太郎=上海ゼミ旅行幹事=写真上・右から二人目、2005年4月より損保ジャパン勤務予定)

日向野ゼミはゼミ生以外の人たちとの出会いが多い場所でもあります。ゼミに在籍した2年間で、OBOG、先生のお知り合い、そして他大学の学生など、本当に多くの方との交流がありました。中でも中央大学の学生とは一緒に民法の勉強会を行ったり合宿や飲み会などにも一緒に参加し、より広く深い交流をすることができました。私がゼミに入ったばかりの頃、4年生追い出し合宿のときに中央大学の4年生も参加して、一緒に追い出されていたのがとても印象的でした。中大の皆さんとずっとおつきあいしたり、ゲストの方々を歓迎するこうしたゼミの雰囲気・精神も日向野ゼミのもっともよい点の一つなのだと感じています。(石橋友美=写真上・中央左、2005年4月よりみずほ信託銀行勤務予定)

中大商学部OBOG諸君と ↓
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2005年2月 9日 (水曜日)

再生ファンド近況/ソニーの新採用方式
(金融メルマガ第35号)

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(2005年1月16日配信分)


再生ファンド回収急増(1月12日)

再生ファンドについては『南君の金融日誌』第11章でとりあげました。映画『ウォール街』の悪役Gordon Gekkoも再生ファンドになったりハゲタカファンドになったりする買収ファンドのボスでした(敵役のSir Larry Wildmanも同様)。倒産した企業を債権者として、また倒産しそうな企業を株主として買収して、再生の軌道に乗せてから再び売却するのが仕事です。再生のためには厳しいリストラも行います。

日本では官製の産業再生機構が一歩先んじましたが最近は純粋に民間ベースの再生ファンドが多くなっていて、産業再生機構不要論の説得力を増しています。

この記事によれば2003年に比べて2004年は、再生が終わってうまく売却できた案件は、年間件数で3倍、売却金額で10倍に達しているという推計があるそうです。

四千億円という金額だけでは大したことがないようにも思えますが、しかし買い手はソフトバンク、日立製作所、東京電力といった大手企業であることから、産業としての企業再生業の認知度はますます高まったことでしょう。今回買い手となったこれらの企業が、逆に将来自社の事業の一部を切り離して再生屋さんに任せるようなことだってあるかもしれません。


ソニー、内定後2年間いつでも入社・新採用方式導入(1月13日)

大学生や、つい最近まで大学生であった方はよくご存じでしょうが、最近は新卒の採用活動は三年生の秋ないし冬ごろから始まって、四年生の春か夏、業種によっては冬まで続きます。始まりが早いので学生が浮き足だっているし、3年の終わ
りに就活のために期末試験をろくに受けられず、結局卒業できずに内定も取り消しになった、というような笑えない話もあります。

採用活動が三年次から行われることについてはかねてより意見(怒)があったのですが、今回のソニーの新方式は、学生の自由度を高めるという点では一歩前進と思えます。

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2005年2月 5日 (土曜日)

地球儀

前世紀末から、民族単位の独立国形成などが激しい勢いで起きていて国境線が頻繁に変更になり、同じ地球儀が5年はおろか3年も持たないこともあったのではないでしょうか。むろん大きな地球儀ほど詳しいとすれば大きいほど頻繁に改訂が必要となり、もともと大きい方が値段も高いとすれば、大きな地球儀は敬遠される傾向はあったりしないのでしょうか?  

あるいは、もしかして、球面に国境や国名や首都名を「印刷」するという発想がもはや古くて、地球儀の球面が液晶か何かの出力装置で構成されていて、出力によって国境・国名・都市名を画面(球面)表示し、世界情勢の変化があればinternetを通じて地球儀会社からupdaterが配信され、画面である球面全体が再描画される、というようなOnline Globeとかもあったりするのでしょうか?

私の知っている地球儀会社って2つくらいしかなくて・・・Replogle社学研のwebsiteには行ってみたのですが、なさそうでした。この業界に全然詳しくないし、地理学方面には知り合いがいないのでどなたかご教示いただけると幸いであります。いや別に、買いたいという話ではないので、全然急ぎませんが。

(追記)メールをいただいて、日本の大手は渡辺教具だと教わりました。ありがとうございました。早速siteを覗いてみました。白地図とか海底の地形を重視したものとか、いろいろありますね。

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2005年2月 4日 (金曜日)

一部工事中のお知らせ

先月再出発したばかりですが、おかげさまで当siteは徐々に多くの方々に見ていただけるようになってきたようです。そこで、この際、画像の使用に関して法律的な配慮をいま少し入念にやり直してみたいと思います。また、MovableTypeの新versionへのupgrade作業や右下の新型カレンダー装備作業も行います。

これらの作業が完了するまで、検討が必要かもしれない画像の公開はいったん中断します。またそうした画像について本文中で解説のあるものについても、多かれ少なかれ文章の手直しや画像の入れ替えなど、機械的でない作業が必要ですので、やはりしばらく公開中断扱いにいたします。

その結果として、いま見られるのは手前で作った料理の写真だのゲルトカルテやデビットカードがどうしただの、上海ゼミ旅行だの、他のものといったら文字だけの記事ではないか!とお叱りを受けることになるとは思いますが、何卒しばらくお待ちください。その代わりというか、新記事の追加はこれまで通り続けてまいります。

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