カテゴリー「02usd. Denver」の8件の記事

2016年7月12日 (火曜日)

タレントとスキル(2012年7月のFacebookより)

企業研修で世界的大手の会社が5月のデンバーのASTD総会に(当然のことに)出展していて、そのブースで「大学生のリーダーシップの測定をウェブ上の質疑応答で行なってくれるようなサービスはないか」と尋ねたところ、思い当たるものがあるので、担当者から連絡させる、と言っていた。昨日その担当者と会って話を聞いた。結論からいうと、やっぱりそう簡単なものはない、ということなのだが、その理由の一つがとても印象的だった。
彼らの提供する測定方法は、リーダーシップに必要ないくつかの要素を、タレント(ポテンシャル)とスキルに二分して個人個人について測定する。そして、スキルにあたるものを伸ばすためのフィードバックやコーチングを行うというのだ。タレント(ポテンシャル)にあたるものは伸ばしたり矯正したりするのは手遅れ(ないしコストがかかりすぎる)のでいわば諦めて、タレントがある人を新規採用する、あるいは昇進候補にすることが第一の目的だ、というのである。その意味では、人材の選別・採用と、それが完了した後の研修のためのツールなのだ。
そうしたタレントは4つくらいに分類されていて、筆頭にあったのは「適応力」だった。何がタレントで何がスキルかについて議論はあるだろうが、こうした見極めというか割り切りをするのは、採算を考えねばならないということ、対象者は社内にも社外にもいる、ということ、この2つが理由だろう。学校と企業は両方の面で違う。さらに、管理職昇進の対象になる年齢(早くて二十代後半か)と大学1年生は十歳違う。この時期の十歳はものすごく大きいので、大学生のリーダーシップ教育(あるいは他のジェネリックなスキルでも)にあっては、矯正・養成不能な部分の想定はもっと緩くとって十代の若者としての成長の可能性に賭けたほうがいいだろう。また、リーダーシップについていえば実は開発は大学時代より早いほうがいい。むしろ大学時代が最後の機会ではないかと思う。早ければ早いだけ「タレント」にあたる部分についても開発の可能性が広がるのではないか。

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2013年3月15日 (金曜日)

ILA@Denver(2012年10月)の参加記録追加

 昨年10月にデンバーで開かれたInternational Leadership Association年次総会の参加記録でここに載せ忘れているものを発見したので採録しておきます。

 木曜朝のセッション。ノースウェスタン大学の学生部がやってるコーチングの話。学生部Student Affairsは、ノースウェスタンに限らず、学生部は、experiential learningとかservice learningとか、新しい教授法を学内で真っ先に試すところでもあるそうだ。そうすると、日本の大学に設置されているFDのための開発センターってアメリカだと学生部の中に置かれるものなんだろうか。
 それはともかく、このコーチングの話は面白かった。コーチ(博士課程やMBAの学生の中から選抜して訓練)1人に対して学部学生が3人ついて、10週間かけてコーチングをおこなって、self-awarenessの向上をめざす。1,2,4,6,8,10週にミーティング。最初の4週目までは学生は好きな問題を持ってくるが、6週目から持ってくる問題についてはコーチが、より高度のものを持って来なさいよ、というふうに少し注文をつける。この「問題」というのはアクション・ラーニングでいう問題と酷似している。実際、この1:3のグループ・コーチングの繰り返しでリーダーシップスキルの向上を目指すプロセスは、アクション・ラーニングでおこなっても全く同じようにできるし、コーチの養成・選別も並行してできる点はアクション・ラーニングのほうが優れているのではないかとも思う。ただ、2つの点でノースウェスタンの方法は興味深かった。第一に、リーダーシップスキル全部を涵養するのではなくself-awarenessの向上に絞っていること。これは学生には特にフィットするかもしれない。もうひとつはコーチになる人を選抜するだけじゃなくて、コーチングを受ける人を選別していたこと。これは、コーチングを受けたいという希望者が、コーチとして養成済みの人の数に比べて多いという現実的要請から来ているのかもしれないけど、しかしアクション・ラーニングでも、特にビギナー段階では、問題提示者は、真の問題が別のところにあったと気づいてくれる、素直で学習意欲が高い人がいい。これは問題解決がうまくいくということ以上に、メンバーの学習に与える影響も大きいから。おそらくグループ・コーチングでも同じでしょう。必修授業でアクション・ラーニングをとりいれる場合には特に初期には問題提示者を(というか、問題を)注意深く選ぶことで応対するということでしょうかね。
 金曜午後最初は、大学でリーダーシッププログラムを運営している教員たちが集まって、capstone courseに固有の問題を話し合いましょう、というセッション。capstone courseというのは、締めくくりの最上級科目の意味。BLPで言ったらBL4ですね。Peter Northhouseというリーダーシップ論の有名な教科書を書いている人が今日のセッションで最初に言っていましたが、capstone courseの設計で教員が悩むのは、「capstoneはそれまでの科目で得たスキルを全部発揮できるように作るべきなのか」「新しいスキル習得をどのくらい入れるか」「先行科目のコンテンツをどのくらい前提するか」等々。今年は学部学生用のリーダーシップ教育のまとまったセッションがなかったため、質疑応答の時間を長くとっていたのにcapstone科目固有の問題でない質問やコメントが続発して、ある意味で混乱したのだけど、メリーランド大学でも会ったCraig Slackさんがしていたコメントで触発されて考えたのは、capstoneという言葉(墓にかぶせる蓋)は「これでお終い、仕上げ」というニュアンスであり、そのニュアンスに皆さん縛られているんじゃないかということ。つまり、そこまでで完結しなくちゃいけないという思い込み。しかし本来は、大学の時代のリーダーシップ科目で最後の一つであるということは、社会に出てからの時期と大学時代の結節点なのだから、社会に出たら引き続きこうしよう、という直前準備体制の整備に主な力点をおくという考え方があってもいいのじゃないか。具体的には、リーダーシップ開発に関しては、社会に出て働き始めてからずっと一生、リーダーシップの持論を自分で改定し続けていく作業が大切なので、先輩が教室に来て(あるいはウェブ上で)持論を改訂していく過程を共有して議論したり、面談したりというセッションを何回か設けると卒業生と在校生のつながりも強化され、卒業生の継続的なリーダーシップ教育にもなるのじゃないか(それだけで一学期は埋まらないけど)。ポートフォリオ(デジタル・トランスクリプト)もその目的に使えるのじゃないか。セッションが終わってから、Craigに、墓を塞ぐcapstoneという名称はもうやめにしたらいいよねと言ったら、彼は学生時代と社会人時代を繋ぐbridgeだろうという。橋の向こう側の橋頭堡bridgehead(軍事用語だけど)かも? でも向こう岸は敵軍が居るわけじゃないからあかんか。
 午後の二番目は、ニューロサイエンスの最近数年の発展をリーダーシップ開発に応用するというもの。中国のニューロサイエンティスト一人とニュージーランド人二人(確かマクドナルドという名前の男女で、夫婦かも)の三人組。半信半疑で行ってみたら、これも非常に面白かった。よく分からないところも多かったのだけど、自分が今何を考えているかについて考える、というメタ認識(自分が何を考えているかについて考える)という能力は人間にしかない特殊な能力で、これをフルに利用しないともったいないと。例えば、「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせるのは、自分が慌てていろいろ考えている、という状態を認識し、落ち着いたほうがいいと結論しているので、メタ思考の典型。実は振り返りはそういうメタ認識の一種なので、大いに使ったほうがいいらしい。他に、メタ思考ができることを活かすなら、講義型よりワークショップ型の授業のほうがいろいろな気付きが産まれやすいとも言えるらしい。私は別段メタ思考が人間の特権であっても動物にもあっても構わない。ライオンが草原で「余はあのとき何を考えてシカの群れの右側に出たのだろうか?」と振り返っていたり、ローチ君が「自分はゴキブリホイホイを恐れすぎて獲物をのがしているのじゃないか」と反省していても結構なんだが、人間も負けずに振り返りをしようってこと。そうして、メタ思考を担当する脳の部位があるので、そこを刺激する体操をすればリーダーシップに必要なメタ思考ができるよ、とも言っていた。会場から「どういう体操なんだ、教えてくれ」という声が相次いだけど、「それについては本を書いている」ってことでした(笑)

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2012年12月16日 (日曜日)

ILA@Denver(2012年10月)

International Leadership Associationの年次総会@デンバー。写真がないんだけど、感心したのが、学会の主催地ってことで冒頭に登場したデンバー市長のスピーチ。「リーダーシップ学会ですか・・会員じゃないんですよね、私」でまず軽く笑いを取る。「いま事務局の方から連絡事項があった『携帯電話の電源を切ろう』って話なんですがね、私も携帯には困ってるんですよ。母親がオバマ大統領のファンで(たぶんこの市長、民主党か)、もう引退して自宅に居るんですが、CNN, FOXなんかのテレビを常時見ていて、オバマ大統領の悪口を言う人が出てくるたびに私にMMSしてくるんですよ。『この人たちを何とか始末しなさい』ってことらしいんですけどね。ってわけで携帯は切っておくのに私も一票です」このへんで会場は爆笑の渦。ここまではおそらく完全にアドリブだったんでしょう。
 で、ここからが本題で、これも見事。「デンバーはシャイアン族の土地で、開拓民は十人くらいしか居なくて、いずれ滅びる町だと思われていました。ところが、鉄道が敷かれて町は延命しました。このときの市長は◯◯氏です。He saw the reality and asked why. He imagined what is not and asked why not.
 次に飛行機が飛ぶ時代になって、巨費を投じて空港を建設した△△市長がいました。He saw the reality and asked why. He imagined what is not and asked why not.それで人口が増えてきました。デンバー空港は今では世界で11番目に発着の多い空港ですし、コンベンション開催数では全米第一位です。」会場からは拍手が起きちゃう。
 He saw the reality and asked why. He imagined what is not and asked why not.現実を直視してなぜ現実はこうなのかと問う。それで終わらずに、現実ではないことを想像し(鉄道で全米から人が来るデンバー、飛行機で全世界から人が来るデンバー)、いまどうしてそうなってないのかを問う。この言葉は誰かの引用ですが、それをデンバーの歴史に適用して、リーダーのビジョンという話になっていますよね。
 この後に順番のきた学会会長挨拶では、「市長さん、学会会費、一年目は無料にしてあげます。」で会場(笑) 「二年目から有料ですけど」(爆笑) そのあとは用意した原稿の朗読だったけれども、会長は会長なりに、市長のスピーチを聞いているうちにどう繋げようか考えたんでしょうね。

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2012年5月24日 (木曜日)

デンバーあれこれ

1) 高地だとたかがエアロバイクでも低地よりどっと疲れる気がする。運動していないときでも少し水補給をおこたると軽い頭痛がしてくるし。気温の変動も激しいし、一日の最高気温が16-17時に来る(太陽の南中が遅いせいか)のも変と言えば変。南中と自分で書いて、シドニーでの笑い話を思い出した・・・

2) デンバーでは、ビールだけで酔うような気がしていたのでまだ時差ボケなのかと思っていたら、高地だとアルコールの効きも早いんだそうで。知らなかった。地元人曰く、二つのAに気をつけろ、と。airが薄いのと、alcoholが効くの二つ。
 気圧が低いとそうなるってことなら飛行機の中もその傾向があるわけですよね。夜のフライトで普通に飲んだら飲み過ぎになって、現地に着いたら日が高くてそのまま仕事、というのが最悪でしょうねw

3) デンバーで気づかないうちに日焼けしていました。なんとなくスキー焼けのような感じ。コンベンションセンターへの往復と、あとは夕方のスーパーへの買い物往復くらいしか行ってないのですけどね。高度が高いというだけでこんなにいろいろなことが違うのか。知らなかったけど、米国の中ではリゾートとしての人気第三位(たぶんフロリダとハワイの次?)だそうです。

4) デンバーと言えば、映画の「夜明けの大空港」(Doomsday flight, 1966)で決定的な役割を果たすんでよね。なかなかよくできたパニック映画だったという記憶があります。機長のバン・ジョンスン、FBI捜査官ジャック・ロード、それに爆弾犯のエドモンド・オブライエンの演技が光ります。なお、この映画、「エアポート2001」(Nowhere to land, 2001)と混同されることがあるけど別の映画です。しかもこの二本、どちらも「大空港」や「エアポート」シリーズとも関係ないというややこしさw

5) 冷たい雨が降っていた時、地元の人が「皆さん、明日山をご覧になると冠雪していますよ」と言ってた。で、翌朝見ると(朝6時)ほんとに冠雪している(写真)。

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6) 頭痛がするので風邪をひいたのかと思っていたら「頭痛は空気が薄いせいです。喉が乾く前に水を飲んでください」という注意があった。鼻血もでやすいようだ。デンバーで日本のかたと会食したとき鼻血がでていたので「大丈夫ですか」と心配してくださったけれど、その人と日本で再開したら「私も翌日鼻血がでました」と苦笑していた。

7) 雪山や湖水や川があるので、夏と冬のスポートやアウトドアは楽しいでしょうね。ただ、ボクシング12ラウンドとかテニス5セットマッチとかあったら、死人が出るんじゃないかという気もします。

8) 怖いところだみたいな印象をお持ちになるといかんので慌てて付記すると、山の景色は素晴らしく、街の中心部もオシャレです。アメリカの普通の地方都市とは全然違って個性的です。ですがmile cityと呼ばれるだけあって高地にあるためいろいろ下界では起きないことが起きる次第。

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ASTD Certificate Programs

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(デンバーでのCoaching Certificate講座にて。左から、ベネズエラの社長さんFernando、私、ミネソタ大学公開講座の講師Maxine(名札の主のポルトガル系ハワイアンCherieは離席中)、サウジアラビアから来た無口なAbdullah)

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コーチングとSBIフィードバック

 Coaching Certificate講座は、受講生たちとのディスカッション7割・講師からの講義3割くらいの比率で進んでいた。そのためテキストはかなりすっ飛ばすというか、読めば分かるところをわざわざ説明しない。受講生たちがひっきりなしに手をあげて質問したり経験談を語ったりするので、自然にそうなるとも言える。日本人ばかりの場合は皆講師に気をつかって(および、他の人にどう思われるかを恐れて)決してこうはならないのでは。グループで特定の問題について話してもらってからそれを教室全体で共有するという方式なら日本人も大丈夫ですけど、一人でスパっと手を挙げるという人は学生でも社会人でも少ないですね。  コーチングに使う質問の練習の時間帯があり、アクションラーニングの練習の蓄積を活かしたらペアを組んだ米国人(モーガン・フリーマンみたいな人)に感心された(へへ)。これで思いついたんだけど、アクション・ラーニングの練習をひと通りしたら、質問力だけにフォーカスした練習を、コーチングの教材を使って行う方法を思いついた。日本に帰ったら試してみよう。
 アクションラーニングと同様にクライアントを支援することが目的で、質問力が重視されるが、質問の性質・傾向について多少違いがあり、アクションラーニングに比べると少し誘導的なものを許容する傾向があるようだ。ではファシリテーションと同じ方向の質問かというと、また少し違う。逆にある種のコンサルティングとも多少は重なるところがある。より広い「支援」の一つの形だから質問が重要になり、質問の種類が少し違うということなのだろう。  きょうはロール・プレイもあり、コーチング対象のクレイグの役をやる番になって、ちょっと暴れてみてw面白かった。ただ、コーチ役のほうはただしくコーチすればいいので方向性はまあはっきりしているのだが、コーチング対象の社員(でありなおかつクライアント)であるクレイグについては、どのように暴れたらいいのか充分に研究?する時間が与えられず(あるいはそのように設計されておらず)、難しい面もあった。また、他のメンバーたちのクレイグ役としての暴れ方はもっと凄くてコーチ役にあたった私は困惑したが、コーチ役2ラウンド目は多少マシにできたかも。  BLPで節目節目で使うSBIアプローチによる相互フィードバックは、「成績評価には使いませんよ」と明言しているのだが、「じゃあ何のためなのか」と言われれば「お互いの向上のための贈り物なのだ」と説明している。これは実はコーチングなのですね。ポシティブ・ネガティブと言っているのは、コーチングの用語でいうと、reinforcing(もっとその方向でやったほうがいいよ)とredirecting(ちょっと違う方向でやったほうがいいよ)という二種類のフィードバックで、どちらも建設的であることがはっきりするでしょう。なので、コーチング(のうち特にフィードバックのしかた)の技量をあげることが目的でもあるんです、と受講生にも言っておいたほうがいいのかもしれません。

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Teaching, coaching and learning

「ティーチングからラーニングへ、と言われて久しい」のだそうですが、教師が教室内外ですべき仕事は何か、という意味では「ティーチングからコーチングへ」あるいは「ティーチング専業からコーチング・ティーチングの兼業・使い分けへ」のほうが正確ですよね。コーチング以外にラーニングをデザインするという仕事も含めるなら、「コーチング・ティーチング・ラーニングデザインの兼業」か。ああ忙しいw ただ、教師がKhan Academyみたいなビデオを自分で作ることにこだわらずどんどん外部のものを使うようにすると、未来の教師はコーチングとラーニング・デザインに特化することになるのかもしれませんね。これは面白いかも。

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リーダーシップに対するニーズ

 私の経験した範囲での話ですが、米国では、リーダーシップが重要だ、とかリーダーシップ教育は必要だ、という認識は、日本とケタ違いに普通のことのようです(米国でリーダーシップ教育の成果が順調にでているかどうかという話は別だけど)。リーダーシップというとカリスマ性のある凄い人、織田信長とか豊臣秀吉をイメージしてしまって、「私には関係ないこと」と思ってしまう人が多いせいかも(あげくの果てに「フォロワーシップも大事」という話になってしまう。これはリーダーシップを二元論dualismでとらえているせいですね)。米国では、大学の職員とか、銀行で口座を開くときに話すマネジャーとか、「何を教えているんですか」という話に自然になり、そのとき「マーケティング」と答えるの以上に「リーダーシップ」のほうが分かってもらいやすいと言えるかもしれない。ホノルルでタクシーの運転手が興味を示すからリーダーシップのことを話したら料金を値引きしてくれてこっちが驚いたこともありますw

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