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10/19/2011

就活・リーダーシップ・リベラルアーツ

 ローマに来る機中で倉部史記 @kurabe_s 著『文学部がなくなる日』を読んだ。題名から想像されるかもしれない「文学部の実態」のような本ではなくて、文学部の構成要素が「国際○○学部」「心理○○学部」などに再編成されて、結果として在来の文学部という学部がなくなる大学が続出しているくらい、いまの大学の環境は激変し、環境変化に対応して大学側も急激な改革を強いられているというごく真っ当な話で、多々学ぶところがあった。
 私のいまの仕事に直接ヒントになったところを二つとりあげて感想を書いておきたい。第一は、p.182「企業が自分に何をしてくれるか期待する就活学生」。「就職活動をする大学生を見ていて気になるのは、『あなた方企業は、私に対して、何をしてくれますか?』ということばかり気にしている学生が多いということです」「行った先の企業が自分の人生をランクアップしてくれるのだ、所属する組織が、どこか素敵な世界に私を連れて行ってくれるのだ、という考えが見え隠れしている」「企業の側は、『あなたが、わが社を、どのように良くしてくれるのか』に関心があるのです」「学生は、企業は従順な人材を求めていると思い込んでいるかもしれませんが、『私がやりたいことを実現させるために、御社の環境が必要なんです。これは御社のビジネスにとってもプラスです』くらいのことを語る学生のほうが、自社に何かをもたらしてくれるだろうと考える企業人は少なくないはずです」(p.183-4から抜粋)
 全くおっしゃる通りだと思う。で、これは翻訳すると、実はリーダーシップの欠如の問題なのだと思う。高校生・受験生の大半は、徹底的な消費者スタンスで大学に入ってくる。消費者は、価格を含めて何か気に入らない物に出くわすと、避ける。気に入れば、買う。もし買ってしまってから、気に入らないのに気付いたのならば、苦情を言うこともあるが、積極性はそこ止まりである。自分の気に入るような物を自分で創り出してしまうとか、相手が作ってくれやすくなるような提案をするとか、その相手を巻き込んで自分と一緒に作り始めるといった行動にまでは至らない。これらは典型的なリーダーシップ行動である。他人に影響を与えて一緒に成果を出せるように行動する(相手は企業でも大学でも仲間の学生でもよい)体験、特に初期に小さくてもいいので成功体験があれば、倉部さんのおっしゃる「自分のなかのスイッチを切り替え」る。そしてリーダーシップをとることの意味に気付くのである。
 そういうリーダーシップは大学で言えば専門科目の勉強のためにも、また社会に出てからの職場学習においても決定的に重要なので、大学で専門科目と並行してリーダーシップ発達支援を行う価値は大きい(立教大学経営学部が、リーダーシップを車の前輪、専門科目を車の後輪としている所以である。)言い換えると、大学の教員が学生に対して「勉強は一人でやるものだ」という、研究者としての自分の経験をいまや押しつけるのは、学生が研究者を目指さないほうが普通になった現代では時代錯誤なのである。(なお、ここで言っているリーダーシップは、○○長のような、任命されたリーダーの、権限の使い方ではないし、、逆に、カリスマのことでもない。最近この事情をとても分かりやすく説明してくれる有りがたいエントリーに出会ったのでぜひ参照してください。~ちきりん日記 なんで全員にリーダーシップを求めるの? )

 第二は、「リーダーを育てるリベラルアーツ学部」について(p.68)。大勢の人をリードする人材の養成のために歴史や哲学のような一般教養やリベラル・アーツを教える取組の人気が上昇中であるという。しかしこうしたリベラル・アーツは、上記のようなリーダーシップのない学生が学んでも、彼らは他人を巻き込んでプロジェクトを起こし総合的判断力が発揮するような場面にそもそも遭遇しないので、学生がリベラル・アーツ科目に興味を持てた場合にもせいぜい個人的な趣味の対象になるだけであるし、興味を持てなければ広くて薄くて退屈な科目になって誰もハッピーになれないだろう。従って、リベラル・アーツ科目は、リーダーシップ・スキルを身につけた後に(あるいはリーダーシップ・スキルを充分に身につけた学生だけを対象に)教えられるほうがいいのではないか。米国の学部段階でのリベラルアーツ教育が失敗したと言われるのも、この点をあいまいにしたままだったことも一因なのではないかと推測する。

(古代ローマの偉大なリーダーたちの足跡のあるローマにて)

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09/04/2011

ハワイでローマ史

 ハワイで古代ローマ時代に思いをはせることに特に必然性はないのだけども、例年通り10月に学生と一緒にイタリアに行く関係で休日にローマ史を読み返している次第。50年以上前に書かれた本だがインドロ・モンタネッリ著『ローマの歴史』(中公文庫)は非常に面白い。

序文から「このローマ史の連載が進むにつれて、私あての投書は日に日に憤激の度を加えていった。私は、軽はずみ、でたらめ、めちゃくちゃと叱られ、ある投書は私の文章を、神を怖れぬ行為だとして責め立てた。神聖視されている問題に対して、何たる扱いをするのかというのである・・・」こう書いてあれば、もう少し「立ち読み」くらいはしてみようかと思いますよね。序文は続く「・・ローマの歴史が偉大なのは、それが私たちとは違った人々によって作られたからではなく、私たちと同じような人々によって作られたからだ・・・カエサルは若いときには不良青年で、一生女道楽をやめず、禿をかくすために毎日念入りに髪に櫛を入れていた。こうしたことは彼の将軍・政治家としての偉大さと矛盾しない。アウグストゥスはまるで機械のように全時間を帝国の組織のために割いたが、同時に腹痛やリューマチといつもたたかわねばならず、カッシウスとブルートゥスを相手取った彼の最初の戦闘を、下痢のためにあやうく失うところだった・・」

もちろん本文になるとさらに面白くなる。王制末期のエトルリアとの戦いに関して「だがこの戦争は負けだった。負けいくさに武勇伝はつきものである。負けたときには『栄光のエピソード』を発明して、同時代人と後生の目をごまかす必要がある。勝ちいくさにはその必要がない。カエサルの回想録には武勇伝は一つもない」

紀元前三世紀の反ローマ連合軍との戦いに関して「この一連の戦争の戦略目標はアドリア海だった、と現代の歴史家は説く。だが私見では、ローマ軍は逃げる敵を追って自然にアドリア海に到達したに過ぎない。目の前に青い海が拡がるのを見た時、彼らは自分たちがどうして、またなぜ、ここへ来たのか、さっぱり分かっていなかったろう。ローマ人はまだ地図を持っていなかった。だから、イタリアがいわゆる自然の地政的統一をなしているとか、長靴形をしているとか、半島を掌握するには海を支配しなければならぬとかを、何一つ知っていたわけがない。ローマ軍はカプアの安全を保障するためにナポリを征服し、ナポリの安全を保障するためにベネヴェントを征服し、この論理でタラントまで達した。タラントの向こうは海だったから、そこで停止したのである。」

キリスト教以前のローマが外国の神々の移入に寛容だったことについて「外国人が大量に市内に移住する際に、異邦の寂しさを慰めるため、神々を同伴したのである。この新顔の神々の祭殿は外人たちが自費で建立した。ローマはそれを妨げず、かえって大いに歓迎した。政府も宗団も、無給で民衆を鎮撫してくれる結構な警察官に、文句を言う筋合いはないのである。」

このように数行だけを独立して取り出しても面白さが分かる箇所もあるし、一つのまとまった事件の叙述となるとさらに面白い。作家の辻邦生氏の推薦文は「・・・ローマ史は大体陰気臭いときまっている。ところがこれはそうではない。シェークスピア劇が連続上演されているようで息つく暇もない。人間臭さでむんむんする歴史である」。塩野七生著『ローマ人の物語』は全巻読破した私ですが、この本もまた新鮮でした。

買い物や食事目当てでイタリアに行ってもいいんだけど、その前に、これを完読して、BBC-HBOのDVD「ローマ」(前半)を見てから旅立とう!

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02/11/2011

ローマ見物お薦めコース

知りあいがローマ見物はどこに行くべきかとtwitterで訊いてきたので、急いでローマのお薦め見物コースを書いてみました。学生たちと大勢でぞろぞろ歩くのにも便利だった道順です。一日目は北から南へコルソ通りを主軸にしています。

一日目(古代ローマ中心+ルネッサンスちょっぴり)

1) ポポロ広場(地下鉄フラミニオ駅直上)から出発、コルソ通りを徒歩で南下して約2km先のフォロ・ロマーノをめざす
2) 途中、左に折れてスペイン広場見学、時間があればブランド街コンドッティ通り(買い物するなら、もちろん夕方も開いてる)
3) コルソ通りに戻り、ちょっとまた南下し、また左に折れてトレビの泉を見物
4) コルソ通りに戻り、ちょっと南下し、右に折れてパンテオンを見物(中に入れる、無料)
5) コルソ通りに戻り、道路右側を南下しベネチア広場。広場を右に迂回しながら横の奥(手前は教会)の階段を上り
6) カピトリーノ(カンピドッリオ)広場に出る。左右にカピトリーノ美術館を見ながら、広場中央のマルクス・アウレリウス・アントニヌス騎馬像を過ぎ、正面奥の建物(ローマ市庁舎)の左右奥に展望台があって、フォロ・ロマーノを一望できる。(左もいいが右のほうはさらに眺めが良い)(関連記事:コルソ通りからフォロ・ロマーノへ
7) 左奥から坂を下って、インペリアーレ通りに降り、コロッセオに向かって歩く。右側にフォロ・ロマーノ、奥にコロッセオが見える素晴らしい道。
8) 途中、右側にフォロ・ロマーノ見物に入る入口がある(有料)。中を見る価値は充分ある。カエサルの墓、元老院会議場などに注意。時間があれば西側の丘に登っても良い(丘のうえが広大なので時間がかかる)
9) 時間がなければすぐコロッセオ見物(一番観光客が多いので行列の日もあるが、フォロ・ロマーノに入るときに通し切符が買っておけば別の行列ですぐ入れる)
10) ここでコロッセオ駅から地下鉄に乗って帰るかバチカン見物に行くのが一日コース。
11) バチカンを翌日に回してこの日もう少し古代遺跡を見るつもりならば、コロッセオからバスか徒歩でチルコ・マッシモ、カラカラ大浴場経由でアッピア街道旧道(Appia Antica)。特にアッピア街道は素晴らしい。ここまで行けば多分一日歩きで適当に疲れて、夕方になる。なお、晴れていれば6)の景色を夕陽の中で見るのも素晴らしい。(関連記事:カラカラ大浴場跡からアッピア街道旧道へ

二日目(キリスト教世界中心)

12) バチカン(最寄り地下鉄駅はに行くなら大聖堂だけでなく博物館の方にも充分時間をとる必要がある。一日かけてサンピエトロ大聖堂とバチカン博物館を見るつもりで、その後もし時間があれば「チェーザレ・ボルジア」(日本でマンガにもなってますね)ゆかりの地でもある「サンタンジェロ城」に歩いていける。夕方から夜見ると美しい。サンピエトロ大聖堂とバチカン博物館、それから夕方サンタンジェロ城を見て、歩いてテベレ川を渡り、4)のパンテオン方向へ帰ると、途中で美しいナボナ広場も見られる。

早朝から出て一日で上記全部を見るには順序を逆転して、
まずバチカン方面を朝一番に見てコルソ、フォロ・ロマーノ・コロッセオを見るほうがいいでしょう(バチカンの混雑を考慮)

関連記事:
なぜ学生とローマに行ったのか


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11/06/2008

イタリア版イーモバイル

ローマではinternet keyというのを借りて無線でネットに繋いでいました。日本のイーモバイルのものとよく似ていて、メーカーも同じHuawei Mobileのようでした。プロバイダはボーダフォンで、ソフトウェアがなかったのでボーダフォンの店に行ってダウンロードさせてもらったりしましたが、電波が弱いのか基地局が少ないのか、都心なのに窓際でやっと繋がるという具合でした。Wi-Fiについても、アパートの管理人のパウロはイタリアでは規制が強いので全然普及していないんだと言っていました。本当だとするとローマの無線系?ネット事情ってあまり良くないのでしょうか。 

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10/26/2008

バチカンでの再会

前回のローマ滞在のときに毎日のように通いつめたバチカン近くのトラットリアにまた行こうと、日本を出発する前にGoogle Mapで見ると、店舗名が違っていたので、閉店したかとがっかりしていました。しかし、念のためと思って今回行ってみると内装工事中のようなカバーがあり、声をかけると奥から店主が出てきました。

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10/18/2008

アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ

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アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ(イタリア語として正確かどうか分かりませんが、ここではオリーブオイルにニンニクと赤唐辛子の味をつけたものという意味で使っています)を作るのに、時間が数日あるときは「ニンニクの漬け置き」 が安全確実です。

しかし漬け置きがなくて、料理のために今すぐ欲しいとき、どうするか? 料理の心得のある人には常識なのかもしれませんが、何度か質問をいただいたので、以下のレシピの(1)から(6)までは初心者向けアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノの作り方、(7)と(8)はそれを使った料理二種です。上の写真は(8)の「タコとポテトの温サラダ」。

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10/15/2008

アッピア街道

フラミニア街道と違って、アッピア街道(古代ではフォロロマーノから出て、南東へ向かい、オリエント方面へ行く港ブリンディシに至る)の市内部分は拡幅していて古代からの道路という面影は全くなく、カラカラ浴場跡あたりから旧道保存地区まで歩くと、とても遠く感じます。

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フラミニア街道

ローマから帰ってきてもう一ヶ月経つけれど余韻はまだ続いています。一緒に行ったゼミ生諸君も同様らしく、オンラインアルバムで共有した写真集を何度も見ているようです。5年くらい前と違って、学生諸君も全員デジカメを持っているので、現地で思い思いに撮った写真を、一台のパソコンにが~っと流しこんでみたら三千枚近くあって、そこから重複などを削ってやっと半分くらいまでに絞り込みました。
 宿に着いてからきづいた(というか、前に読んだのを思い出した)のは、古代ローマの二大街道を現代ローマ市もまだ利用しているということです。そのうちの一本は、北イタリアのリミニ(フィレンツェの東北東でアドレア海岸沿い)からローマに向かうフラミニア街道(現在の国道3号線)。この街道がローマ市内に入るのが実は今回の宿のそばのポポロ広場であり、まっすぐ南下して心臓部フォロロマーノに至るのです。(そういえばポポロ広場のある地下鉄の駅の名前はFlaminioです)

このポポロ広場からフォロロマーノまでは、現代の名称では、他ならぬコルソ通りです。

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09/11/2008

なぜローマだったのか

↓コロッセオにて。クリックで拡大されます

Colosseomiddle

無事ローマ合宿から帰ってきました。いろいろ発見もあり楽しく有意義でした。僕自身はローマは四年ぶりでしたが、前回より英語を理解する人がかなり増えている気がしました。例えば交通関係でいえば前回は空港・国鉄では大丈夫だけど地下鉄駅員にはまず通じないというふうでしたが、今回は地下鉄でも、タバッキの多くでも大丈夫なふうです。EU統合とグローバリゼーションの影響がイタリアにも確実に押し寄せているということでしょうか。イタリア旅行に来てますます英会話の重要性を実感しましたという学生も居たくらいです。僕も少しはイタリア語を勉強して、会話の出だしだけはイタリア語で切り出せるよう努力しましたが、もうそれ無しでも済みそうな気がします(過去のイタリア訪問記は右サイドバーのカテゴリー02c、つまりこちら。ただしいまお読みのこのエントリーも含まれて来ます )。
 今回は海外旅行経験のあまり多くない(初めての人もふくむ)学生10人を連れてローマのみ一週間だったのですが、そもそもゼミでどうしてイタリアに、それもローマに行ったかを説明しておきます。ゼミ生が他大学の友達に「ゼミでイタリアに行くことになった」と話すと「イタリアはいいけど、なんでゼミで? しかも先生も来るなんて」と驚かれるらしいからです。ゼミ生は「いや、先生が一番張り切っているくらいだ」と応えるらしいのですが、学生の「自主性」に任せていると、こと海外合宿に関する限りショッピングと観光が中心になってしまうのが目に見えていたので、勉強とリンクするように介入した次第です。
 (1)就活が3年生の冬から4年の春にかけてあり、女子は特に長期化しやすく、就活が終わったときには大半の学生は虚脱状態で、普通の輪読やディスカッション形式のゼミでは意欲が上がらない。そこで9月に海外ゼミ合宿を行うことにして4年の前期には人によって面接でゼミを休んだりしながらも興味をもって自分でも勉強できるように海外ゼミ合宿にリンクした題材を選んだらどうかと思いついた。
 (2)ふだんの国内ゼミ合宿は貸別荘で完全に自炊で、大部屋に皆で寝る形なのに今までの海外ゼミ合宿は普通にホテルにシングルかツインで泊まって食堂で食事するのがつまらないしコストも割高である。国内でやっている貸別荘の合宿形式を海外でも実行できれば安くて楽しいし、現地で食材などの買い出しで学ぶことも多い。
 (3)海外旅行するならば、その地の歴史や地理や文化を多少は勉強してから出かけるというモデルケースを経験してほしい。帰ってきてからも勉強を続けてほしい。
 この三つを同時に満たすと思えるのが「ローマの週借りアパートに滞在」というソリューションだったのです。まず、いまのゼミ生は、2年生・3年生はもちろんのこと、社会学部産業関係学科所属である4年生を含めて、経営学部のBLP  をゼミ内外で実践することを習慣づけられている(はずな)ので、リーダーシップに関心が高い。そこで古代ローマの偉大なリーダーたちのことを学び史跡を見るという良いきっかけにローマ市がぴったり。実際、4月から7月のゼミでは本やビデオを使って古代ローマ史の勉強をしていましたし、今回のローマ滞在中は街中の古代史跡を毎日見に行きました。今回は現地の大学生との交流や工場見学などは無いだけに史跡めぐりは必須でした。結果としては、日頃からゼミ運営で課題としている「提案して率先するリーダーシップ」を旅行後半でゼミ生たちがみごとに実践してくれたので、もしも古代のリーダーのことが仮になくても充分に意義はあったとすら思えます。
 また、イタリアの都市には長期滞在を希望する人が多いらしく3日とか一週間とかの単位で貸すアパートの供給が充分にありそうだったので、早めに予約して準備しました。結果としては大正解でとても便利で快適な滞在でした。
 全ゼミ生からローマ合宿の参加希望者を募れば20人どころか30人にも達してしまいそうでした(気のせいか?)。しかしローマを含めてイタリアの観光地は上海ホーチミン台北と比べて遙かにスリや詐欺が多いと思えるので、とても20人は連れて行けないと判断して、今回は4年生限定にしました。もっと田舎にすれば20人でも可能なのかもしれませんが。

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08/25/2008

ローマへ

うっかりしているうちにもう半年もウェブサイトを更新していませんでした。2月からちょっと私らしからぬ体調不良で、3月から6月までは実は禁酒命令すら出ていたのでした。4月からの授業は休まずに何とか担当していて、ゼミ生には「僕はラマダンだから禁酒」と言ってゼミ後の夕食にも行っていませんでした。「ラマダンって禁酒のことだっけ?」と訝しんでいたようですが、その期間も過ぎました。6月に医者に行って「ちゃんと3ヶ月禁酒して、一滴も飲んでないです」と報告したところが、「まじめですねえ」と言われてのにはがっくりきましたねえ。禁酒命令を出したのは誰なんですか?って感じですけど。とにかく体調は順調に回復しています。
 夏は旅行シーズン。ゼミでは04年上海、05年ホーチミン、06年と07年に台北に行きました。今年はローマへ行く予定です。航空運賃は石油値上がりで高いのですが、現地のウィークリーマンションのようなところを借りるので(おそらく自炊もするでしょう)滞在費は安く済みそうです。ローマは四年ぶりです。前回行ったときにかよったトラットリア はまだあるでしょうかね? 楽しみです。

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